第2話 止まった歯車

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第2話 止まった歯車

 昼休みの終わるチャイムの音とともに俺は教室へ戻った。 昼休み中は屋上にいたため無事に制服も乾き、午後の授業も安眠できそうだ。 そんなことを思いつつ自分の席に座る。 「さっきは申し訳ありません…私なにか気の触ることでもしてしまったのでしょうか」 「……」 教室に帰るとレイラに話しかけられたが俺は何も反応を返すことができなかった。 レイラが悲しんでいることはわかっている。 けれどそれ以上の苦しみを、いじめに彼女を巻き込みたくなかった。 「……」 「……」 それからはお互い無言だった、お互い気まずさはあったもののレイラも諦めてくれたようだった。  午後の授業の終わりのチャイムがなり帰りのホームルームが終わった頃。 トントン 「おい、いい加減起きろ」 「なんですかぁ…ふぁ〜」 俺は担任の振原に起こされた。 寝起きということもあり俺は少し気の抜けた返事を返した。 「レイラのことで佳奈(かな)から報告がきてる、お前レイラの転校初日からレイラを泣かせたんだってな?」 夕梛佳奈(ゆうなぎかな)とは日向の取り巻きの一人のことだ。 「は?」 俺は眠気が吹っ飛んだ。 俺がレイラを泣かせた? 振原が何を言ってるか分からなかった。 レイラは確かに悲しそうな顔はしていた。だが泣いてはいないだろう。 「お前は自分が何やったのかわかってる…」 「俺はレイラのことは泣かせてなんかない!!」 俺は振原の言葉を遮り言い返した。 俺は珍しく声を荒らげてしまった。 多分人が苦しむということを人一倍わかっているからだろう。 振原は驚いたような顔をしつつすぐに俺のことを睨んできた。 「俺は佳奈が嘘をつくとは思えない」 「だけど俺は…俺は…嘘はついて、ない」 俺は自分のことが信じられなくなっていた。 レイラをなかした?俺が? もしかしたら寝ている間に泣いていたのかもしれない。 そしたら急に怖くなってしまった。 (俺の判断は間違っていた…?) 「もういい、お前はしばらく反省してろ」 自分の考えがまとまらず俺は動揺していた。 ひどい顔をしていたと思う。 振原は俺にそう言い教室を出ていった。 周りにはまだ帰宅してない生徒もおり、そいつらは俺のほうをチラチラと見てクスクスと笑っていた。 俺は感情がうまく制御できなくなり走って教室を出ていった。 (俺今最高にダサいな…) そんなことを思いながら下駄箱のから靴を取る。 走りながら考える。 (明日レイラに謝ろう) 靴を裏返すと案の定というべきか俺の靴の中からは5、6個の画鋲が出てきた。 俺はそれをロッカーの上に置き、靴を履いて校舎を出る。  その後俺は駅につき、電車を待っていた。 思い返すと今日は散々な日だった。 時間があるとレイラのことを考えてしまう。 (本当に泣いていたのだろうか…) 「あれークソ陰キャじゃん」 ドンッと音ともに俺の体がよろめく 「!?」 押されたのだホームの方へと。 心臓がドクドクと音を立ててなっている。 そんな俺を見て俺のクラスメイト渋谷壱(しぶやはじめ)は「ごめんごめん」とヘラヘラしている 「だ、だいじょうぶだよ」 俺は強がることしかできなかった。  そのあと叩かれたり暴言をはかれたりしたがそれ以外は特に何もなく壱が帰った後自分の乗る電車へと無事乗ることができた。 そして家から最寄りの駅につき、今日はもう終わりだと一安心する。 「やっと帰ってきた…」 そこから2分くらい歩き、朝引かれそうになった場所を過ぎて家へと変えることができた。 心が痛んでくる。 俺は夏休み後初日だというのに今までの人生の中で一番くらいのレベルで疲れてしまっていた。 「ただいまー」 やはり返事はない。 いつも通りの家。 「風呂入れるか」 実は俺は別に一人暮らしではない。 俺の他に一人住人がいるのだが2年ほど顔を合わせていない。 「夢良部屋の前に飯置いとくからな」 夢良(ゆら)、俺の妹だ今の俺の唯一の家族。 夢良はあることをきっかけに引きこもってしまった。 俺もその頃からいじめられ始めた。 妹も恵まれていない。 妹には幸せな学校生活を送ってほしい。 だが夢良も心の傷はまだ癒えていないだろう。  ご飯を食べ、風呂に入るともう時間は21時半。 今日はいろいろありすぎて疲れた俺はもう寝ることにして部屋の電気を消した。 今日一日を思い出すといつも以上に心が疲れていることを再認識する。 考えないように無意識にぼーっとしようとするがレイラの悲しむ顔が浮かんでしまう。 なぜだろうか。 今日が初対面のただの美人な女の子。 考えれば考えるだけで苦しくなるのがわかる。 恋とは違う緑と茶色のインクを混ぜたような色の心。 テープで止めている隙間の中にしみこんでいくような苦しさ。 たとえることのできない感情とともに夜が更けていった。  あの後レイラのことを考えていると結局意識が落ちたのは11時半だった。 久しぶりに夢を見た。 夢に見たのは中三のころの思い出。 最低な母親に育てられた思い出。 父だけは俺のこと、妹のことを見ていてくれた。 映画のフィルムのように流れていく映像を知らない目線からみていた。 俺の人生の物語。 翌朝カーテンの隙間から入る小さい光に俺は目を覚ました。 時刻は5時45分、いつもより1時間ほど早くおきてしまった。 「まぁ11時半でもいつもよりは寝るの早いしな」 時計を見ながら伸びをする。 いつもと違う窓の外の景色に俺は少しだけ心が躍っていた。 俺の部屋の窓から見える景色は少し変わっていた。 窓の外には竹林が広がっている。 誰かの私有地なのだろうか。 「きゃっ!?」 窓の外をぼーっと眺めていると一階の洗面所から叫び声が聞こえる。 (夢良の声!?) 俺は朝で近所迷惑だなと頭のどこかで思いつつも急いで階段を駆け下りて洗面所へと走った。 「え…兄さん…!?」 「ゆ、ら?」 目の前にいたのはしりもちをついている夢良だった。 中一のころとは比べ物にならないくらい美人になっていて最初は気づくことができなかった。 ショートの青みがかった黒発は腰のあたりまで伸びており、顔からは幼さがほとんど抜けて高校生モデルといわれても疑わないくらいきれいになっていた。 「っ……!!」 「夢良!」 夢良は俺の顔を見るなり俺の横を走り去ってしまった。 レイラもいい匂いだったが夢良もまた違うとてもいい匂いがした。 レイラのにおいは自然のにおいだ。草原のようなきれいなにおいがする。 夢良のにおいは甘い匂いの後ろに少し透き通ったにおいがした。 夢良との()()の歯車が詰め物を落とし、回り始めたような気がした。  パンとコーヒーと目玉焼きといういつもよりほんの少し豪華な朝食をとり、制服に着替え、いつも通り鞄の中に学校に行くためにタオルなどの必要なものを入れていく。 準備が終わっても7時15分まだまだ学校に行くまでの時間が余ってしまっている。 暇な時間が増えると考える時間も増えてしまう。 (はぁ…またか) またレイラのことを考えてしまった。 昨日の夜と同じようにぼーっとレイラのことを考えているとすぐ家を出る時間になった。 「行ってきます...」 少し気分が落ち込んでいるが俺はいつも通り家の扉を開ける。 「いって...しゃい兄さん...」 夢良の声が聞こえた気がする。 多分気のせいだろう。 気のせいだとしても俺はその声に少し心が晴れるのだった。  いつも通り駅まで歩き、電車に乗り、また少し歩き俺は校門の前までついた。 校門のまでつくとため息が出るがまあこれはいつものことだ。 「あ、凪月さん...」 急に話しかけられて少し驚いたが冷静を装い振り向いた。 「レイラさんか」 俺にはレイラを呼び捨てにする度胸はない。 振原に言われた時は焦っていたのだ。 「あ、ごめんね。先に教室に行ってるよ」 俺は気まずい雰囲気の中逃げるように教室に向かおうとした。 「いえ!私も一緒に行きます!」 「!?」 俺は驚いた。 仕方がないだろう、レイラほどの美少女が腕を絡ませてきたのだから。 「行きましょうか!」 「え、え?」 始まってしまったのだ。 レイラという歯車を加え、俺の()()はまた回り始めた気がした。
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