優しい観客と永恋の忘音

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「人はな、どんなときでも未来に向かってく。そこに苦しみしかなくたって、人の力では時を止められへん。こうしとる間にも、一秒一秒未来に進んでくんや。  たとえば、夢で話してみよか。夢ゆうても、希望絡みの夢やなく、寝とる間に見る夢や。  想像してみ。  いくら過去の夢を見たとしても、それは物語になって先に進もうとするやろ。過去へ過去へと遡っていく夢を見ることはない。つまり過去の夢を見たとしても、過去に進むことはないんよ。フラッシュバックも、そこで一時停止するだけ。夢に退行はない。必ずどこかで過去の限界が訪れる。赤子以前の記憶なんて、真実かどうかの証明すらできひん。  人は未来に進もうっちゅう本能がある。めっちゃ強力な本能やから、薄い希望でも持ちたがる。それを阻むのが不安や恐怖や寂しさなんよ。  不安や恐怖や寂しさは、抱え込むほど大きく膨らんで、自力で止めることはなかなか難しい。傷つく感度が高い人ほど、猛烈な勢いで増殖してまう。  けど不安て、数字や金額で示す確たる根拠はないんよ。恐怖や寂しさも同じや。だから自分でそれに根拠をつけて、聞いてくれそうな人に話して根拠にしようとする。とは言え、自分の感情と完全一致で共感してくれる人は絶対におらん。親身になってくれても、()()(ごと)の域を出ぇへん。  じゃあ、それに対抗するんは安心感や温もりってことになるよね。けど一度でも不安を宿したら、抜け出すことはまず不可能や。  美沙は、過去に止まったまま、未来を否定しとる。明るい未来なんかあるわけないて、過去の清算を復讐でしか賄えんようになっとる。きっと明日が来るのが怖いんよ。明日を怖がって今を潰す。これほどもったいないことはないと教えてやりたい。  たとえ死ぬしかない未来でも、人は今を生きて未来に進む。過去に縛られとる一秒で、無理やり笑ってみよ、その無意味な一秒で笑ってみよ、って教えてやりたい。  だから私は、示談でも何でも、一歩踏み出せるスペースを作ってやりたい。その一歩がどれだけ貴重か、伝えたい」 きっと、理香にも計り知れんほどの葛藤があったんやろな。 私に抱きついて泣きまくった。 傷が痛むけど、この子の涙が痛み止めや思うて、落ち着くまで抱き返してやろ。 そして早く退院して、警察より先に美沙を見つけなアカンね。 早馬先輩、私、頑張るで。 必ず美沙を守ったるから、背中押してな! おわり
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