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開花した花嫁1
「まさか本当に仕立てるなんてなぁ」
袖や胸元を見たキーシュは「はぁぁ」と大きなため息をついた。ため息さえも夜着を通り抜けて素肌に触れるような気がしてブルッと身震いする。
今夜キーシュが着ている夜着はシュクラが仕立てたばかりのものだ。それは別にかまわない。問題は見た目だった。
(正妃様に頂戴したものよりいやらしく見えるのは気のせいだろうか)
淡い赤色だからか、透けている肌が妙に生々しく見える。胸のあたりなど妙な艶めかしささえ感じた。
何より下着がよくなかった。前面は極めて小さな布だけで、歩けばぽろりとこぼれそうで何とも頼りない。後ろも紐だけだからか擦れるのが気になって仕方がなかった。
「本当にこんな姿を見たいんだろうか」
思わず口に出してしまった。自分で見ても滑稽なのにシュクラが見たがる理由がわからない。
ほかのΩなら似合うのかもしれないが、体が大きめの自分では笑いものになるのではないだろうか。腕や太ももどころか腹にも筋肉がついている体だ。昔ほどムキムキではないものの、どこからどう見ても男にしか見えない。これでは逆にシュクラを萎えさせてしまうんじゃないだろうか。そんなことを思い、寝室に行く足が何度も止まった。
「いや、待たせるほうがよくないな」
改めて「よし」と口にし覚悟を決める。そもそも着てほしいと言ったのはシュクラだ。それで笑うようなら一発殴ることくらい許されるだろう。華奢ではない自分にこんな夜着を着せるほうが悪い。
そう思いながら部屋を横切り寝室の扉を勢いよく開ける。そこまではよかったが、やはりシュクラの顔を見ることはできなかった。俯きながらベッドに近づき、何も言わないシュクラに「だから着るのはどうかと言ったじゃないか」と文句を言いながら少しだけ視線を上げた。
「……シュクラ?」
ベッドに腰掛けたシュクラの顔は笑ってはいなかった。黒目を少しだけ見開いてはいるものの、食い入るようにキーシュを見ている。膝に置いた両手にもなぜか力が入っていた。
「シュクラ?」
もう一度声をかけると、ハッとしたようにシュクラの肩が揺れた。
「すみません。想像以上で我を忘れかけました」
「別に、無理しなくていいよ」
「無理なんでしてません。まさかこんなにエロくなるとは思わなかったんです。いえ、キーシュさんは普段からエロいですけど、それがより一層増すというか、こういうのをむしゃぶりつきたくなるって言うんでしょうね」
「……何を言っているんだか」
熱い眼差しと熱心な口調にキーシュの頬が熱くなる。こんな姿はどうかとたったいままで思っていたのに、シュクラの表情を見ると「悪くない」と思えるのだから不思議だ。
「キーシュさん」
シュクラが右手を差し出した。目元が赤くなっているのはベッド脇の明かりのせいだけじゃないだろう。いつもより興奮しているようなシュクラの表情に、キーシュの体も自然と熱くなっていく。
自分より少し大きな手を取り、促されるままベッドに腰掛けた。入れ替わるように立ち上がったシュクラが、まるで壊れ物を扱うかのように右手で頬に触れる。そのまま顔を寄せ口づけられた。そうして唇を甘噛みされたキーシュは、うなじにゾクッとした快感が走るのを感じた。
(発情してるわけじゃないのに、体が熱くなってきた)
うなじを噛まれたときの発情もそれほど強いものではなかった。シュクラも少し驚いていたようだが、それでも何とかうなじに噛み痕を残すことができた。「次の発情のとき、もう一度噛みましょう」と言ったのはシュクラで、キーシュもそうしてほしいと願っていた。
(でも、その発情がいつ来るかわからないんだよな)
Ωには大抵三カ月か四カ月に一度の割合で発情が来る。しかしキーシュは程度が軽いからか見逃すこともあって周期がよくわからない。発情していなくても交わることはできるが、できればαとΩらしく発情して交わり再びうなじを噛まれたいと思っていた。
「ん……」
キスをしながらシュクラの指がキーシュのうなじを撫でる。それだけで気持ちがよくて甘い声を漏らしてしまった。後ろもほんの少し濡れてきたような気がする。最後にもう一度柔らかく噛んだシュクラの唇がゆっくりと離れていった。
「キーシュさん、やっぱりエロいですね。エロくて可愛くてたまらないです」
「そんなことは、ないと思うけど」
「いいえ、キーシュさんはエロくて可愛くて綺麗で優しくて、そのうえ強い俺だけの最高のΩです」
床に膝をついたシュクラが室内用の靴を丁寧に脱がせた。そうして現れたキーシュの素足にそっと口づける。その瞬間、うなじが発火したように熱くなった。
「っ」
「キーシュさん?」
あまりの熱さに一瞬目を閉じた。どうしたのだろうと思い、ゆっくりと右手でうなじに触れる。そこにはわずかながらでこぼこした噛み痕があった。
(これじゃ足りない)
ふと、そんなことを思った。「いま何を考えた?」と思いながらもキーシュの指は噛み痕をなぞるように動き続ける。
わずかなへこみはシュクラの歯形だが、肝心の牙の痕はない。発情したΩに促されて発情しなければαの牙が現れることはなく、その牙に噛まれていないΩは番として不完全な状態になる。Ω宮にいたキーシュは当然そのことを知っていた。だから次の発情のときにもう一度と考えた。
(それじゃあ遅すぎる)
なぜかそう思った。
(僕を求めるαなら、いますぐ牙で噛んで)
そうすれば、目の前のαは晴れて僕だけのαになる。僕に恋い焦がれ僕だけを乞い願うαになる。
「香りが……キーシュさんから香りがして、」
顔を上げたシュクラの言葉が途切れた。自分を見下ろす艶然としたキーシュに目を奪われ息を呑む。
「シュクラ、僕がほしい?」
「ほ……しい、です」
シュクラがごくりと喉を鳴らす。そんなシュクラにキーシュがにこりと微笑みかけた。
「じゃあ、また噛んでくれるよな?」
「もちろんです」
シュクラの返事にキーシュは満足した。これでこのαは自分のものだ。そう思うだけで気分が高揚する。
キーシュはシュクラの手にあった自分の足を持ち上げた。ゆっくりとシュクラの顔に近づけ、先ほど足の甲に口づけた唇に親指でふに、と触れる。するとシュクラの唇が少し開き、伸ばした舌で爪と肉との隙間をちろっと舐めた。
「んっ」
それだけでキーシュの肌が粟立った。うなじの噛み痕がジリジリと熱を帯び、早くと急かすように痺れ出す。
「シュクラ、僕を噛んで」
「仰せのままに」
恭しく答えたシュクラは、再びキーシュの足の甲にキスをした。
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