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逃げたい。
天井から吊り下がる緑のピクトグラムが駆ける看板を眺める。ぼんやりとした光を放つあの矢印の先に非常口があるらしい。
非常口とは異常事態から抜け出すために用意された緊急出口のことだ。つまりその扉を抜ければ安心安全な場所へと避難することができる。
そのはずなのに。
「工藤さん見て見て。フンボルトペンギンめっちゃかわいい」
校内一のイケメンと名高い川口くんが校内一のスマイルを私に向ける。
水槽の中でよちよち歩くフンボルトペンギンも真っ青の愛くるしさだ。私はあまりの眩しさに目を逸らす。
「……うん、かわいいね」
私はなんとかそれだけ返した。
こんなつまらない返事にも関わらず川口くんは「だよねー」とにこやかに微笑んでくれる。なんていい人だ。イケメンとはイケてるメンタルの略なのかもしれない。
それにしてもさっきから周囲の女子の視線が痛い。
まず川口くんを見て、隣にいる私を見る。そして「どういうこと?」と首を傾げる。そりゃそうだ。私だってわからない。
どうしてこんなことになったんだろう。エマージェンシーエマージェンシー。さっきから頭の中では非常を報せるアラートがうるさく鳴り続けている。
色々と信じられないことが多すぎだ。早くここから逃げなきゃ。
……でも、どこに?
抜け出した扉の先も異常なら、いったい私はどこに逃げればいいんだろう。
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