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「ほんとに工藤さんだったんだ」
予定時刻より十分前に着いたのにすでに到着していた川口くんは私を見るなり驚いた顔をする。
写真で見るのと実物で見るのはギャップがあったんだろう。このメイクじゃなきゃ年パス使えないんだから仕方ないじゃない。
「でも、川口くんもそういうの着るとは思わなかった」
「あーこれ? これ正装」
川口くんは自分の着ているTシャツを右手で軽く引っ張る。そこにはペンギンのイラストが描かれていた。
オシャレにワンポイント、ではなく、ド派手にデンデデンと、中央に巨大なペンギンが立っている。
ちょっと、いやかなりダサい。着てるのが川口くんだからなんとか成立しているだけだ。ペンギンTシャツですらなお彼の輝きは鈍らない。
「フンボルトペンギン愛がすごいね」
「このイラストでペンギンの種類を言い当てる工藤さんも流石だよ」
何が流石なのかわからない。正装の意味もわからない。いやそもそも住んでる世界の違う人だ。わからなくて当たり前なのかもしれない。
「じゃ、いこっか」
先を歩く彼の後ろを私はおとなしくついていく。
男の子と一緒に出かけるなんてしたことなくて、どうしたらいいのかわからない。せっかくの仮面も素顔を知られてしまってたら形無しだ。
土曜日だからか、エントランスにはいつもより人が多かった。チケット売り場に列ができてるのを初めて見たかもしれない。とはいっても三組くらいだけど。
「あれ?」
エントランスに足を踏み入れた川口くんはチケット売り場には目もくれず、そのまま入館口へと足早に進んでいく。
「ん? ああ」
私の疑問に気付いたように彼はポケットから四角いカードを取り出した。それは私もよく知っているものだ。
「俺も年パスユーザーなんだ」
見せつけるようにこちらに向けられた年パスには川口くんの顔写真が載っている。印刷されてもなお彼の輝きは鈍らない。
写真でイケメンなら本当のイケメン、と言ったのはどこの誰だったっけ。私か。
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