鍵と鍵穴

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鍵と鍵穴

 冬の午後七時過ぎ。もう既に外は暗くなっていた。今日は最高気温が10度を下回っていたらしい。俺は冷えやすくて、こういう日はダウンジャケットを着ていても寒い。まあ、なんせ山の中で殺人事件の捜査に協力してたんだからな。冷え性でなくても凍えるだろう。それに、もう9時間近く外を彷徨いてた。遠くを聞くのも、匂いを追うのも、限界が来ていた。そろそろ力が尽きてぶっ倒れる頃だ。  フラフラと待ち合わせ場所の道路脇に座り込むと、ヘッドライトが遠くに見え始めた。俺は刺激を避けるために夜中にも関わらず、濃い色のサングラスをかけた。ライトの刺激なんて食らったら、このままここでぶっ倒れるに決まってる。  目の前に、ライトを消した状態で迎えの車が停まった。俺は苦痛に顔を歪ませながらゆっくりと立ち上がると、乗り込もうとしてドアに手をかけようとした。 「お疲れ。手、出すなよ。今開けてやるから」  ハザードを点けて、運転席からラッチが飛び出してきた。スラっとした細身のイケメン。本名は果貫蒼(カヌキソウ)。ラッチは学生の頃に「かんぬき」と間違えられてついたあだ名らしい。  本人は全く気に入ってないらしいけれど、本名がバレるとめんどくさい事もあるので、仕事の時だけはラッチと呼んでる。いわゆるコードネームってやつ?まあ、そんなに特殊なものでも無いけれど。  このラッチが誰かというと、俺とパートナー契約(ボンディング)済みの、俺専用のガイドだ。政府(タワー)認定も受けた、正式なガイド。しかも俺とパーフェクトマッチしてる。今日みたいな過酷な仕事をした日は、ラッチのケアが必須だ。それがないと、明日の俺は間違いなく死んでいるか気が狂っている。 「警察は特級センチネル(パーシャル)の扱いをちゃんとわかってんのかねえ。わかっててこんなに働かせるなら、あいつらが一番鬼畜なんだけど」  俺はシートにもたれかかって呻いていた。座っているにも関わらず、目の前がグラグラしていて、とてもじゃないが目を開けていられる状態じゃ無かった。僅かな揺れも、強烈な痛みになって襲ってくる。ぎゅっと瞼を閉じると、頭を抱えた。 「うー、今日はマジでやっべえな。もう限界来たかも……雑音すげー、色々くっせー、目がいてー、肌チクチクする、口ん中気持ちわりぃ」   「ロック、あと20分保たせろよ。帰ったら風呂場でとりあえずヤってやるから」  ロックは俺のコードネーム。俺たちの付き合いは、そろそろ十年を超える。ボンディングをきっかけに一緒に暮らし始め、今や家族同然だ。ちなみに俺の名前は鍵崎翠(カギサキスイ)。ロックは名前の通り、鍵のロックだ。  たまに岩と勘違いされるけれど、顔を見られるとそれもなくなる。俺は、いわゆる中性的な顔立ちで、優男に見えるらしい。間違っても岩男には見えない。まあ、優しそうに見えるだけで、実際は全く優しく無いけどな。 「ラッチー……俺意識飛ぶかも……あと頼むわー」 「おい! ったく、安く使われてんなよ。パーシャルの中でも特級のくせにプライド低いから……」  そんなこと言われてもなあ。殺人事件の犯人探しに、警察犬と同じ扱いで協力させられてんだ。集中しすぎても仕方ねーだろ?  そう考えていると、だんだんと車体の外の空気の流れる音すら耳をつんざくようになってきた。  この車は静音仕様になっている。普通の人間には何もうるさく無いはずだ。  でも俺は、五感全てが異常発達したセンチネルだ。それも特級。この界隈には、特級レベルは俺しかいない。雇われる時は膨大な金が積まれる。  ただ、その分、生きづらさも半端じゃない。俺が精神崩壊(ゾーンアウト)したら、助けられる人間はラッチしかいない。 「ロック!……おまっ……やべえな、痙攣してんじゃねーか」  ラッチは車にレインボーカラーの非常灯をつけた。そして、けたたましいサイレンを鳴らしながら、爆速で俺を自宅兼事務所のあるホテルへと連行していった。
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