銀河鉄道江ノ島線の夜

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 波雪の両親はすでに老齢で、夜は早くに眠り朝は早くに起きる。今夜もふたりはすでに眠ってしまっていた。毎年のことながら、起きている両親に会えないのは残念に思う。死者が行動できるのは夜間だけと決まっているからだ。誰が決めたのか? 神様か? だったらそこんところ、今からでも改善願えないものだろうかと波雪は思う。  波雪の実家は江ノ島の崖地にかろうじて建っているような小さな家で、その庭ともなればこれまたこぢんまりとしている。その小さな庭で、波雪の愛する息子・葉織(はおり)は迎え火を焚いていた。その葉織のそばには、彼に寄り添うようにひとりの女性がいる。彼らは毎年このように、ふたりきりでお盆の迎え火を見ながら語り合い過ごしている。そんな姿を波雪は温かく見守っている。  女性は、波雪が亡くなる直前に養子とした少女、羽香奈(はかな)だった。波雪の実の妹の娘だが、妹は羽香奈を育てることに拒否的で、公的に「育児放棄状態」であると認められた。親族である波雪に親権が譲渡されたのだが……。  波雪は彼女を新たに迎えた、自分と両親、息子の葉織の五人家族での暮らしを楽しみにしていた。その直前に一家の大黒柱でもある自分が交通事故で死んでしまい、特に葉織と羽香奈の今後については心配でたまらなかった。  けれど、彼女の想像していた以上に、葉織と羽香奈の仲は歳を重ねる毎に深まっていった。それこそ、戸籍上はきょうだいとなったのにその枠組みを超えて、男女の仲として。きょうだいでもあるのだという自制心だけは子供の頃から変わらず持ち続けようと誓いつつ、生涯この小さな家で共に暮らし、助け合って添い遂げようと約束していた。  神様というのは案外「プライバシーに配慮」するものらしく、普通の生者には死者の姿が見えないように、死者は「生者の会話を聞くことが出来ない」仕組みになっている。例えば葉織が、波雪の遺影などに対して直接に語りかけたりした場合であれば聞くことが出来るのだが。葉織と羽香奈が迎え火を見ながら楽しげに何か語り合っている姿を見ながらも、彼らが何を話しているのかまでは盗み聞き出来ないようになっている。  それでも、お互いを信頼し合って幸せに暮らしているということだけは、彼らの満ち足りた表情から存分に伝わってくる。今年も変わりなく、息子とそのパートナーの仲睦まじい姿を見守って、彼女は大いに満足感と安心感を得ることが出来た。  来年もその次も、そこから先も……彼らが星になるその時まで、波雪はこうして里帰りするのだろうと考えていた。この年、一九九五年が、彼女の最後の里帰りになるのだということを。この時はまだ、この世界の誰にも知り得なかった。
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