銀河鉄道江ノ島線の夜

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 十六日。例によって現世の人には視認出来ないが、片瀬海岸では死者の盆踊りが開催されていた。誰の手によるのか知らないが打ち上げ花火まで上がっている。近年の日本の盆踊りはしっとりと静かな動きの踊りで、中央の櫓の上で激しく叩く太鼓を囲んで周る。そんなイメージがあるかもしれないが、本来の盆踊りでの舞いは存外、激しいものだったらしい。死者による盆踊りはまさにそんな動きをしていて、まるでディスコにでも来ているようだと波雪は感じている。  盆踊り会場もまた、恋人同士で楽しむ人が多いらしく、波雪はそこにひとりで混じって楽しく激しく踊り明かそうという気持ちになれない。毎年同じような場所……櫓を囲む人々の輪から少し離れた、片瀬海岸と歩道の境目にあるコンクリートの階段に座って、死者の明かりを眺めて物思いに耽る。家族が遺影の前に生前の好物だったカップ酒をお供えしてくれていたから、それをちびちびと味わいながら時が過ぎるのを待っている……。 「よお。おひとりさんか?」  そこに落とされたのは、低い音域の、男の声。独身のまま亡くなるのなんて珍しくもなんともないので、波雪のようなだぁれも連れのいない単身の死者だっている。年に一度の現世帰りのチャンスを死者とのワンナイトラブに求める者だっているだろう。とはいえ、あたしみたいな子持ちのオバサンにナンパか? と訝しみながら、波雪は声の方向へ目線をやった。  男は波雪の腰を下ろす階段の一段上、彼女の右斜め後方に立っていた。口には取り立てて特徴のないごく一般的な白い煙草に火をつけてくわえている。夜闇とはいえ死者の盆踊りの明かりがすぐ側にありながら、それに染まらない、灰色じみた不健康な肌。  顔を見る前、声を聞いたその時から、どこか懐かしい気持ちにはさせられていたのだが。波雪は、男の顔には見覚えがあった。……いや、その人に似てはいる、けれど。当時二十歳だった自分と同年代の見た目をしていた彼を、さらに二十年分くらい老けさせたらこんな印象になるだろうか。 「あんた、龍人なの?」  葉月 龍人(はづき りゅうと)。およそ二十年前に、波雪が愛した男性。葉織の父親でもある。  彼は波雪達とは違う世界の人間で、彼女のことを確かに愛していて、それでも自分は同じ世界に居続けることは出来ない。そうして別れてしまった人だ。 「そうだ、と言えなくもないが、厳密には違ぇな。オレ達ぁ五つ頭の龍……『五竜(ごりゅう)のリュート』と名付けられた流れ(モン)だ」
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