銀河鉄道江ノ島線の夜

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「あんたが償いきれないような極悪人だとしてもね。生まれた龍人をそのまま生かしてくれたことに関してだけは……たとえ神様があんたを咎めたって、あたしだけは全力で感謝してあげる。あんたが育てたせいで悪いこともそうって気付かない人間になっちゃったんだとしてもね。生まれ持った性根は正しかったから、龍人はその後ちゃんと更生出来たのよ。あんたと龍人がいたおかげで、あたしは最愛の息子と十一年も一緒に暮らせたんだから」 「……そうだ、オレ達についてくるってぇのは、その息子にこうやって会いに来れなくなるってことだぜ。今年、ここに来れたのは密航なんだ。二度目以降もホイホイ決行出来るほど容易くはねぇんだからな」 「……葉織はね。とっくに、あたしとの別れを済ませてあるのよ。未練があったのはあたしの方だわ」  十年前。波雪の初盆は四十九日と重なっていた。その日、葉織はあの小さな庭で、波雪の名残りをお焚き上げしていた。その頃からすでに信頼関係を築いていた、羽香奈に見守られながら。 『最後にオレと羽香奈を会わせてくれて、それがたぶん、お母さんのこの世で最後の仕事だったんだ。だからもう、ゆっくり休ませてあげなきゃ……』  葉織はとっくの昔に、母としての波雪に、「お疲れ様」を伝えてくれていた。それはありがたくもあり、しかし、寂しくもあり。その寂しさを払拭しきれなくて、波雪は毎年の帰省を続けていた……。 「今年のあの子を見ていたら、わかった。あの子はもう、立派な青年(おとな)だわ。最愛のパートナーを見つけて、ふたりで助け合って生きていける。そういう力のある男に成長したのよ」  夢中に話し合っている間に、思った以上に時間は過ぎていたのかもしれない。周辺の家庭の送り火はひとつひとつ、消え始め。片瀬海岸には銀河鉄道が停車して、盆踊りを楽しんでいた人々はそれに次々と乗り込んでいく。終点は人目につかない稚児が淵だったのに、始発は江ノ島の玄関側である片瀬海岸とは。なかなかに粋なことするわよね、と、波雪は他人事の気持ちで毎年の馴染みの光景を見ている。  そして……この十年間で、初めて。銀河鉄道が出発してしまい、空に上っていく姿……長い時間をかけて、それが宙の果てに消えていくのを見送った。  銀河鉄道に乗らなかった波雪は、もう、元いた星には帰れない。死者である以上、この地球(ほし)にだって居場所はない。
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