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「そんなら、まぁ……行くか? オレ達の渡り歩く世界へ」
「ええ。行くわ。あたしは、あんた達……リュートについていく」
そう言いながら、男はごく当たり前のように煙草の吸殻を階段に放り捨てようとした。せっかくいい感じにキメたところだったのに台無しにしちゃって、今後こんなだらしない男と行動を共にするわけね。波雪は男自身と自分の選択の愚かさに呆れた。
「砂かけどころか、あたしの故郷に対して別れ際にゴミ落としていくのやめなさいよね」
「そういうオマエこそ、その酒の空き瓶はどうするつもりだよ」
「あら、……困ったわ」
ちょっと挨拶だけのつもりが口やかましげな女を連れ歩くことになっちまったなぁ、と男は早くもうんざりしている。仕返しのつもりで、波雪が飲み終えたお供えの空き瓶を指さした。通常は、盆の宴の残骸は銀河鉄道乗車前に回収してもらえるのだ。
ただでさえ、日頃から廃棄物の多さに悩まされている片瀬海岸だ。申し訳ない気持ちはあれど、波雪は仕方なく、それを自分の座っていた場所に置き去りにする。男は吸殻をその中に放り入れた。
片瀬海岸の周辺は死者の盆踊りの賑わいも、櫓から四方に伸びていた提灯も、銀河鉄道の車内の煌々とした明かりも。もちろん華やかな打ち上げ花火もなくなって、生者達のための静かな江ノ島の姿を取り戻している。大きくまあるい満月の跳ねる光が波間にばらまかれて、空よりもまばゆい星空は海の中に煌めいている。
夜遊びしながら見ていた暗闇の海だけは、世間から見放された自分達をいつでも見守ってくれているような気がしていた。そんな懐かしい日々を思い出して、波雪は生まれ育った世界の最後の景色として、その海を心に焼き付けた。
波雪はリュートと手を繋ぎ、彼と同時に目を閉じる。その瞬間、自分の生まれた世界から消滅した。彼と共に、次の世界へ行くことは出来たのだろうか。
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