蟲 白いワンピースの女

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蟲 白いワンピースの女

 1人で居酒屋で飲んでいた俺の隣に、その女は座った。  女が言う。  「隣座って良い?」    見れば綺麗な女だった。白いワンピースがひどく似合っている。こんな俺の隣に座るような女ではなかった。俺とは、レベルが違う。俺を詐欺ろうと思っているのかと俺は思い言う。 「俺には金なんかない。他をあたれ」    女は笑い、俺の耳元で言う。 「つれないな。あんたを見たら金なんか持ってないのは、初めからわかるしー」  俺は、耳元で喋る女の息が、酷くくすぐったい。心なしが耳に何か入ったような違和感がした。それで俺は自分の耳を掴んだ。でも特に異常はないようだった。    俺は女の体を腕で押して、俺から遠ざける。 「くすぐっただろう! 離れろよ」  女が言う。 「いいじゃない? たまたま会ったのも縁だもの」    女は勝手に横に並んで、飲み始めた。そして俺の顔を見て言う。 「あんた屈折してるね。人生終わりって顔してる」  俺は女を見て言った。 「放って置いてくれ」  女はジッと俺を見て薄く笑った。  女は居酒屋を出た俺と一緒に店を出た。 「一緒について行っていい?」  俺は断った。 「駄目だ」  女は不満そうに言う。 「居酒屋代、払ってあげたのに?」 「じゃ俺の分返す」  財布をポケットから出そうとした俺の手を、遮る様に女が俺の手を掴んで言う。 「良いじゃん。あんたんち行こうよ」  結局女は俺の家に来てしまった。  女が俺の部屋を見回して言う。 「変わった部屋ね。工場みたい」  俺の部屋は工具でいっぱいだ。昔から機械いじりが好きなのだ。俺は言う。 「だから来るなって言っただろう?」    女は興味なさそうにネジを摘んで言う。 「まぁ、趣味は色々よね」  俺は女からネジを取り返す。俺の機嫌はすこぶる悪かった。 「勝手に触るなよ。俺にとっては大事なものなんだ。いいから、放って置いてくれ。俺なんかクズ人間なんだ」  女は俺の目を覗き込んで言う。  「人間のクズね。私、クズって嫌いじゃないわ。それにしてもあんた、随分暗いね。なんかあった?」  俺のつまらない人生を、人の教えたくなかった。 「嫌、何もないよ」    女がニンマリする。 「嘘、顔に書いてある」  俺は女を拒絶した。 「ほっといてくれ」  女は申し訳なさそうに俺を見た。 「あー、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだよ。ただ落ち込んでるなら慰めてあげたかっただけでさ」  女が俺の顔を触った。  女が言う。 「慰めてあげようか?」  女が白いワンピースをスルリと肩から外した。白く艶めかしい鎖骨と乳房があらわになる。  女が俺の太ももに手を乗せた。 「愛し合おうよ」  俺は生唾を飲み込んだ。  こんな幸運が俺に降ってくるはずがない。きっと何か裏がある。でも、そんな事、俺はその時どうでも良くなっていた。  柔らかい女の肌に、俺は溺れた。  女の言う慰めが終わり、ベッドに2人横になって、俺はタバコを吸った。 「あんた、タバコ吸うの?今時誰も吸わないでしょう?」  俺は言う。 「口が寂しいんだ」  女が悲しそうに俺を見た。 「なんだよ」 「あんたは寂しい人なのね。口が寂しい男は、心も寂しいのよ」  俺は女の言う事に妙な納得を覚えた。 「確かにな。俺は寂しく暗い人生だった。大人になった今もそれは変わらない」    女が不意に言う。  「殺しちゃいなよ」  俺は女のセリフに驚く。 「え!」  女は再び言う。 「殺しちゃいなよ」  俺が慌てる。 「何を言うんだ」  女は確信したように言う。 「殺しちゃえばいい。あんたを苦しめて、馬鹿にして、なじった奴らなんか。殺せば良いんだ」  俺は拒絶した。 「嫌だ」  女が部屋の工具を見て言う。 「だって、銃を作っているんでしょう」  俺は慌てる。 「そんなんじゃない。ただ……」 「ただ何?」 「戦闘ゲームして興味出て。本物ってどんなかなってさ」  女は納得したようなしないような顔で言う。 「ふーん」    俺は女に提案した。 「それより、明日出掛けない?」  女が興味ありげに聞いてきた。 「何処へ?」 「森へ行くんだ」 「何するの?もしかして」 「せっかく銃を作ったんだ。試し撃ちしたいんだ」  女の目が輝いた。 「良いね。そう来なくっちゃ」  それから女は俺のアパートに居着いてしまった。時々は何処かに出かけていくが、そのうち帰って来た。  俺は行き先が気になって仕方ない。俺以外に男がいたら、俺は生きていられない。 「いつも何処に行っているんだ?」  俺の質問に女はまともに答えない。 「さぁ、あんた次第なんじゃない?」    俺はそれ以上聞かなかった。この女がいなくなれば、俺はまた孤独に戻ってしまう。それは耐えがたい事だった。だったら責めずに、機嫌を取ってでも、俺のそばにいて欲しかったのだ。  ――一度誰かと一緒にいる安心感を得たら、もう1人には戻れない――  そんなある日、女が唐突に言った。 「私、あんたとお別れするわ」  俺は驚く。 「どうして?」  女の目は切なそうだ。 「あんたは私といたら駄目になる。私といたら、あんたがしたかった事が出来ないわ」    俺は必死で止める。 「行くな。いてくれよ。俺はお前がいなきゃ生きていけない」 女が言う。 「嘘つき。そんなの嘘。みんなそう言うけど、結局生きて行くの。あんたも。私も。そして何処かの誰かもね」  俺は女の腕を掴んだ。 「行かないでくれ。俺はお前のためならなんだってするんだ」  女の目は冷たい。 「今更ダメよ。手を離してくれる? さよなら」    そして女は、俺の手を振り解き、部屋を出て行こうとした。俺は、俺のそばにあった金槌で女の頭をなん度も殴った。  女は床に倒れた。頭から赤い血が滴る。俺は女を縄で縛って、ベッドに女を寝せた。俺は女の傷の手当てをしてやった。  俺は言う。 「殴ってごめんよ。お前が言う事を聞かないからだ」  女は目を閉じたまま返事をしない。  俺は返事をしない女に腹が立った。 「返事しろよ! 返事くらいしてくれよ!」  けれど女は喋らない。しかもいつのまにか失禁して、ベッドを汚していた。俺は女に腹を立てて、女の腹を蹴った。  その後、女は相変わらず無言だったが、時間の経過と共に、俺は怒りがおさまった。すると今度は、俺は落ち込み、酒を煽り。会社を欠勤し。改造銃を手にした。  ――場面は変わり、警察の検視室――  検視室に入った大柄な刑事が言う。 「自殺か」  若い刑事が答えた。 「みたいです」  大柄な刑事が男の顔を見た。 「自室で金槌で女殺して、職場で乱射事件起こして、逃げた挙句の自殺ね。困ったやつだ。それで、こいつのSNSの裏とれたの? こいつのSNSで、こいつが殺したと言っていた女は見つかったの?」    職場の乱射事件は、否定しようがなかったが、女が見つからない。  若い刑事が言う。 「それが……。こいつの部屋に女がいた形跡がないんです」 大柄な刑事が聞く。 「いないって……。でもSNSに女の事が詳しく書いてあっただろう? 黒子の位置まで書いてあったんだ。あそこまで書くのは、本当にその女がいなきゃ書けないだろう?」  若い刑事が困ったように言う。 「居酒屋の防犯カメラにも女の姿がないんです。居酒屋の料金は男のカードで、男が払っていました。付近の防犯カメラにも男はいつも1人で映っていて。高速をレンタカーで移動している車の映像も、男1人です。いつも1人なんです」    その時遺体を確認していた検視官が声を上げた。 「アゥ」  大柄な刑事が聞く。 「どうした?」  検視官が青い顔で言う。 「何かご遺体の耳の穴から、寄生虫の様なモノが這い出た気がしたのです。でも見間違いでしょう」  大柄な刑事が言う。 「驚かさないでくれよ。心臓に悪いよ」  検視官が謝る。 「すいません……」  そしてその日、男を検視した検視官が、勤務も終わり、帰宅しようと建物の外に出た。 「雨か……」  検視官は鞄から、几帳面にたたまれた傘を取り出しさした。  すると不意に声をかけられた。検視官が振り返る。 「傘に入れてよ」  検視官が声の主を見ると、自分には縁のないような、白いワンピースを着た美女だった。  監視官が言う。 「嫌、僕には妻も子供もいるので……。誤解を招くかと……」  女はおかまいなしに監視官の傘に入り、腕にぶら下がって、検視官の耳元で言う。  検視官の耳の穴に、女の息が掛った。検視官は耳に違和感を感じて、思わず自分の耳に手を当てる。何か耳の中を通っていくような感触がしたのだ。    検視官は思う。  多分気のせいだろう。  その様子に女が笑う。    乳房が検視官の腕にぶつかる。女が言う。 「さぁ、行こう」  2人は雨に中へ、一つの傘に入って歩き出した。   ――――fin――――
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