駅前食堂 夢路屋

12/12
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 しばらくして――。  まぶしさを感じながら、郁乃はそっと目を開けた――。  窓の向こうには海が広がり、打ち寄せる波は陽光をきらきらと反射させていた。  相変わらず車内は空いていて、郁乃のとなりも空席のままだった。  乾燥しているのか、喉にいがらっぽさを感じて、郁乃はまたハーブティーを飲むことにした。ハーブティーは、祖母が考え出したレシピで、郁乃に実家を連想させた。  夢を見た――という実感があった。細かいことは、忘れてしまった。だが、夢の中で懐かしい人物に会えたということは覚えていた。どこかにリュックを忘れてきたように思ったが、それは夢の中での勘違いで、リュックはちゃんと手元にあった。   「少し大きめな町で降りて、ベーカリーやスイーツショップを探してみよう。チェーン店ではなくて、個人でやっているあまり大きくないお店がいいわ。地元の材料を使っていたら、なおいいわね! まずは、そのあたりから始めてみよう!」  何を始めようとしているのか、郁乃自身にもよくわからない。  だが、あてどない旅が、目的のある旅になったのは確かだ。  終着点はまだ決められない。見えてこない。今はただ、思うままに進んでいくだけ――。 「それでいいんじゃないかね?」  誰かがそう言って、郁乃に笑いかけてくれている気がした。  列車は、トンネルを突き進んでいく。その先は、きっとまた、新しい風景が広がっているはずだ。郁乃は晴れ晴れとした気持ちで、列車の揺れに身を任せていた。 <終わり>
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!