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しばらくして――。
まぶしさを感じながら、郁乃はそっと目を開けた――。
窓の向こうには海が広がり、打ち寄せる波は陽光をきらきらと反射させていた。
相変わらず車内は空いていて、郁乃のとなりも空席のままだった。
乾燥しているのか、喉にいがらっぽさを感じて、郁乃はまたハーブティーを飲むことにした。ハーブティーは、祖母が考え出したレシピで、郁乃に実家を連想させた。
夢を見た――という実感があった。細かいことは、忘れてしまった。だが、夢の中で懐かしい人物に会えたということは覚えていた。どこかにリュックを忘れてきたように思ったが、それは夢の中での勘違いで、リュックはちゃんと手元にあった。
「少し大きめな町で降りて、ベーカリーやスイーツショップを探してみよう。チェーン店ではなくて、個人でやっているあまり大きくないお店がいいわ。地元の材料を使っていたら、なおいいわね! まずは、そのあたりから始めてみよう!」
何を始めようとしているのか、郁乃自身にもよくわからない。
だが、あてどない旅が、目的のある旅になったのは確かだ。
終着点はまだ決められない。見えてこない。今はただ、思うままに進んでいくだけ――。
「それでいいんじゃないかね?」
誰かがそう言って、郁乃に笑いかけてくれている気がした。
列車は、トンネルを突き進んでいく。その先は、きっとまた、新しい風景が広がっているはずだ。郁乃は晴れ晴れとした気持ちで、列車の揺れに身を任せていた。
<終わり>
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