駅前食堂 夢路屋

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「おかみさんは、ひいばあちゃんだったのね。わたしが五歳の時に亡くなった、ひいばあちゃんのはなちゃん――」 「郁ちゃん! あんた、これが、夢だってことに気づいちゃったのかい?」 「うん。でも、目を覚ましたくないと思っているから、もうしばらくは大丈夫」 「そう。じゃあ、まだ話ができるね。郁ちゃんは、よくお料理の手伝いをしてくれたっけね。タケノコの皮むきをしたり、サヤエンドウの筋取りをしたり――」 「はなちゃんが亡くなった後は、お菓子作りに夢中になったよ」 「まあ、残念! 食べてみたかったよ、郁ちゃんの作ったお菓子」  おかみが、愉快そうに笑った。いつのまにか、おかみの顔は、郁乃がよく覚えている年老いた曾祖母の顔に変わっていた。お椀にキャベツのお味噌汁のおかわりをたっぷりよそって、曾祖母は郁乃に手渡した。  曾祖母にほめられたものだから、幼い郁乃は、大きくなったら何か食べ物を売るお店屋さんになりたい、と思うようになっていた。幼い頃に抱いた夢は、縮んだり膨らんだり複雑に形を変えながら、いつまでも郁乃の胸の奥に居続けた。 「わたしは、夢を追う勇気がなかったから、お菓子もお店もあきらめて、普通の会社員になったんだ。三村くんみたいには、なれなかった――」 「ねえ、まだ郁ちゃんの夢は、しぼんじゃいないんじゃないかい? だから、この夢を見ているんだよ。わたしに会って、食堂で働いて、三村くんにかけた言葉を思い出して――。あんたは、本当は夢を追いかけたいと思っているんだよ、きっと」  夢を追いかけたい――。確かに、このところ職場の居心地が良くなくて、郁乃は、漠然とそんなことを考えたこともあった。  でも、今の暮らしを捨てて別の世界へ飛び出せるほど、郁乃は若くなかったし、自分が望む未来を、手元に引き寄せる自信もなかった。
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