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どれほど眠っていたのだろうか――。
郁乃が目を覚ましたとき、列車はどこかの駅に止まっていた。午後の日差しに温められた小さなホームは、人影も少なく静かだった。
列車の扉は開いたままで、いっこうに走り出す気配がない。もしかしたら、終点なのかもしれないと思い、郁乃はここで降りることにした。
ホームに出た途端、表示されている駅名を見て思わず笑ってしまった。
―― 稲香 ―いなか―
確かに、のんびりとした田舎の方にでもいってみたいとは思っていたが、まさか本当に「いなか」に来てしまうとは驚きだった。
まだまだ、日没までは時間がありそうだったが、こうした地方の小さな町では、早い時刻に観光施設や店が閉まることも多い。郁乃は、急いで無人の改札をでた。
駅前は、思っていた以上に殺風景で、タクシーも止まっていなければ、バス停もなかった。古びた民家数件と開店しているかどうか怪しい小さな床屋、だいぶ前に閉めてしまったらしい土産物屋のような店、あとは「夢路屋」という看板を掲げた食堂があるだけだった。
道を歩いている人もいないので、郁乃は、唯一電気がついていた食堂に入ってみることにした。
「こんにちは……」
きしむガラス戸を開けながら、声をかけた。期待した返事は聞かれず、店内はしんと静まりかえっている。戸が開いたから留守ではないと思うのだが、何の反応もない。
「どなたか、いらっしゃいませんか?」
勇気をだして、郁乃は、もう一回呼びかけてみた。
店の奥にかかったのれんの向こうから、かたかたと足音が聞こえ、やがて、のれんをかき分けて一人の人物が顔を出した。
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