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「あらっ? お客さん? こんな時刻に? ええっと……、お食事……ですか?」
四十がらみのくっきりした目鼻立ちの女性だった。右目の下のいわゆる泣き黒子が、年相応のあだっぽさを感じさせた。左の片えくぼが、整いすぎた顔立ちに愛敬を与えている。
長い髪は後ろで丸めて、かんざしのような物で止めていた。
細身の紺色のパンツに、格子柄の割烹着が妙に似合っていて、田舎の駅前食堂のおかみにしては、ずいぶんと垢抜けてこざっぱりとした印象の人であった。
「あっ、いえ……、食事をしたいわけではなくて……、その、この辺りのことを少し教えていただけないかと……」
そこまで言ってしまってから、郁乃は己の迂闊さに気づいた。
食堂に入ってきたのだから、とりあえずは何か注文をするべきで、食事のついでにこの辺りのことを尋ねるというのが礼儀だろう。たいへんな失態である。
郁乃が言葉に詰まってもじもじしていると、女性は、気の毒そうな顔になって言った。
「この辺りねぇ……。何にもないんですよね、名所も有名な店も。それどころか、旅館やホテルだって一軒もない。列車も、もう来ないしね。お客さんは、この後どうなさるんです? 迎えの車でもくるんですか?」
「えっ!?」
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