駅前食堂 夢路屋

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 夢中で食べ終えた三村に、水が入ったコップを差し出すと、受け取るや否やあっという間に水を飲み干し、ふうっと大きく息をついた。 「ごちそうさまでした! 明日が締め切りなんですけど、これでなんとか頑張れそうです! この間は、ノート貸してくれてありがとうございました。おかげで、単位落とさなくてすみそうです。バイト代入ったら、今度は俺がおごりますからね!」  そう言って、三村は席を立つと、会釈してから店のガラス戸を開けた。  夜のにおいを含んだ外気が吹き込む戸口で、郁乃は黙って立っていた。  三村は、ゲーム会社の下請けのようなバイトをしていて、大学の講義にも出ず寮にこもっていることがあった。久しぶりにサークルの部屋で会ったとき、あまりに不健康そうなので、郁乃はクーポンを渡して店に誘ったのだ。  講義に出席しても、居眠りをしていてノートもろくにとっていなかった。試験も近いのにどうしようと言っていたから、同じ講義に出ていた郁乃はノートをコピーして渡した。  クーポンを持って店に来てくれたときも、結局、郁乃が代金を払っておごってやった。 (あのときの言葉だ……。カレー屋を出て行くときに、三村くんが言った言葉……)  あの日、店を出て行く彼に、自分は、どんな言葉をかけたのか――。  郁乃は、必死で記憶の糸をたぐった。  闇に吸い込まれつつある三村の後ろ姿に、郁乃は、あの日の言葉を思い出して投げかけた。 「三村くん! ノートはいつでも貸すし、カレーもおごってあげる! だから、自分がやりたいことをあきらめないでよ! 大学をやめたりしちゃだめだよ! きっと上手くいくから……、絶対に成功するから……、わかった!?」  三村が、足を止め振り向いたように見えた。表情はわからない。彼は、ゆっくりと頭を下げたあと、そのまま闇ににじんで姿を消した。  郁乃が卒業した翌年、三村は大学を卒業して大学院にすすんだ。  個人的な付き合いがあったわけでもないので、郁乃は、院に進んだ彼が、その後どんな人生を歩んだのか知らなかった。昨晩、夕刊を読むまでは――。
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