駅前食堂 夢路屋

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 夕刊の二面に、成功した若手起業家へのインタビュー記事が載っていた。ロボット研究に取り組んでいる人物だった。外見は多少変わってしまっていたが(今は、貧乏学生ではないから)、名前を見て、あの「三村」だということがわかった。三村は、ゲーム会社の下請けを生業とせず、自分の夢を実現させたのだった。  あの言葉は、三村への励ましであると同時に、郁乃が自分を奮い立たせるための言葉でもあった。三村が郁乃の言葉どおりに、夢をあきらめず成功してくれたことが嬉しかった。もしかしたら、自分の言葉が励ましになったのかもしれないと、ちょっと胸を張りたい気分にもなった。  郁乃自身は、夢を追ったりはせず、それなりの居場所で妥協し、就職してしまったのだが――。 「郁ちゃん、そろそろのれんを片付けていいよ。一緒に、夕飯を食べよう!」  おかみさんに言われ、郁乃はのれんをしまい、店の戸の鍵を閉めた。店の中央のテーブルには、懐かしい料理が並べてあった。  里芋の煮っ転がし、鳥もつの煮込み、ちょっと焦げた卵焼き、自家製の伽羅蕗とぬか漬け、キャベツの味噌汁――、どれも、郁乃が幼い頃になくなった曾祖母の得意料理だった。曾祖母は、子どもたちが手を離れたあと、一時期近所の食堂を手伝っていたことがあると言っていた。きっとその頃は、今のおかみと同じような姿をしていたのだろう。  郁乃は、この店がどんな場所なのかわかり始めていた。現実ではありえないことばかりなのに、違和感を簡単に受け入れ、気にしなくてもいいと思ってしまう理由も――。  だから、思い切っておかみに言ってみた。
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