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金曜日の昼下がり――。
週末を迎え、町全体が何となく浮き立っていた。
少しずつ混み始めた駅の改札を抜け、賑わいから逃れるように、郁乃は西へ向かう列車に飛び乗った。荷物は小さなリュックサック一つ。あてのない旅の始まりだ――。
今週は、とにかく腹の立つことばかりだった。
ミスを謝りつつも、仕方ないだろうという態度を隠さない後輩。何があったのか知らないが、誰に対しても話の最後に嫌味を言わずにはいられないらしい上司。資格試験が近づいていて、仕事よりもそちらの方に時間とエネルギーをかけたそうな同僚――。
彼らから放たれる負のオーラが、職場の空気を淀ませ郁乃を息苦しくさせた。
新人の言葉遣いを必要以上になじってしまい、いつの間にか、自分までもが負のオーラの発生源になっていたことに気づいた郁乃は、急ぎの用件をさっさと片付け、今日の午後から休暇をとることにした。
列車は思っていたよりも空いていて、発車時刻を迎えても郁乃の隣に座る人はいなかった。緊張感から解放された郁乃は、リュックからマグボトルを取り出し、いつも飲んでいるハーブティーを口にした。しばらくは、ぼんやりと車窓を過ぎていく景色を眺めていたが、そのうちだんだん眠くなってきた。
たいして若くないとはいえ、連れのいない女が列車の中で眠り込んでしまうのは、不用心すぎるかもしれない。しかし、睡魔には勝てず、郁乃は重い瞼が下がってくるに任せた。降りる駅は決めていない。目覚めた駅で降りればいい。そんなことを漠然と考えながら、郁乃は深い眠りに包み込まれていった。
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