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田中、見識を改める。
平日の昼間なだけあってショッピングモールは空いていた。俺達みたいに暇を持て余した同年代の人が散見される。綿貫はやたらと周囲を見回していた。
「店を探しているのか。案内板ならあそこだぞ」
俺が指差す方を見向きもせず、あぁ、と生返事をする。そして、取り敢えず行こう、と歩き出した。
「取り敢えずって何だよ。買いたい物があるんじゃないのか」
「それもそうだけど色々ウィンドウショッピングするのも楽しいだろ」
賛同は出来ない。買いもしない物を眺めて楽しいのか。しかし綿貫はずんずん進んで行く。仕方なく後に続く。涼しい場所での散歩とでも思おう。
どの店に入るでもなく、外から軽く覗きつつ綿貫は歩を進めた。同伴する俺も必然的にウィンドウショッピングをする羽目になる。しかし、とある瞬間に見識を改めた。ショッピングモールの楽しみ方としては正しいのかも知れない。色々見比べて、あらこれ素敵、なんて胸をときめかせて。気になったお店があれば飛び込んで、本当に欲しい商品があれば購入して。お金が足りなかったら小遣いなりバイト代なりを貯めて再び訪れる。買うという楽しみがあれば我慢や仕事も明るくなるだろう。なるほど。悪くないな、ウィンドウショッピング。買いたい物は本当に一つも無いけど。そして綿貫もどこの店にも入ろうとはしない。流石に一軒くらい入ってみてはどうか。そもそも買いたい物は何なんだ。そう訊こうとしたが、目をかっ開き鼻息も荒く進む様を見て口を噤んだ。楽しんでいる顔なのか? しかし何で唐突に、そうだ、ショッピングモールへ行こう、なんて思い付いたのかね。
四十分後。息も絶え絶えに綿貫の肩を叩いた。早歩きもぶっ通しだと疲れる。
「休憩しよう」
「体力無いなぁ。そんなんじゃモールを満喫出来ないよ?」
どうでもいいけどお前はショッピングモールをモールと略すんだな。間違いじゃないだろうが俺の頭には手芸用品が過ぎった。
「満喫するためにも一回休憩しよう。な、頼む」
傍らの喫茶店を指差す。綿貫はしばし逡巡していたが、しょうがないなぁ、と喫茶店へ飛び込んだ。乗り気じゃなさそうなのにお前が先導するんかい。
店内は静かだった。ピアノの曲が流れている。ショッピングモールの中のお店だからもっと若い人が賑やかに喋っていると思ったのだが、意外だ。四人掛けのボックス席に通される。背もたれの上にはすりガラスの板が付いていた。周りの席があまり視界に入らないための工夫か。良いお店に当たったな。
「綿貫、俺トイレに行ってくるわ。アイスコーヒーを頼んでおいて」
「大? 小?」
無視してトイレへ向かう。飲食店で尋ねることじゃない。
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