舞台裏の田中ん家。

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舞台裏の田中ん家。

 夕方六時半。俺の部屋には客が二人来ていた。綿貫と違い俺へ連絡した上での訪問だ。まあそれが普通なのだが。何より綿貫と鉢合わせても困っただろうし。 「取り敢えず、お疲れ」  そう言うと、お疲れじゃないよ、と橋本が身を乗り出した。俺のクッションを胸に抱いた高橋さんが、もおぉ~、と牛みたいに唸る。 「だから言ったじゃん。いるって教えた方がいいよって」 「まさかそこまで田中の読みが当たるとは思わなかったんだよ」 「田中君って綿貫君のこと、よくわかっているんだね」 「橋本のこともわかっているよ」  喫茶店に着いてトイレに行こうとした時、橋本と高橋さんが奥のテーブル席に座っているのを見付けた。その瞬間、綿貫は何らかの理由で二人のデート現場を押さえに来たのだと察した。どの店にも入らず、ずっとキョロキョロするばかり。だけどショッピングモールには行きたがった。橋本も察したのか、綿貫もいるのか、と囁いた。 「いるよ。あいつに誘われたんだから。お前が教えたんだろ、ショッピングモールにいるって」 「デートだとも言ったんだけどな」  綿貫に見咎められないよう橋本の隣に腰掛ける。用足しが大だと思われてもいい。大事故は避けたい。 「単刀直入に言う。二人とも、この店にいるって綿貫に教えた方がいい。お前らの悪口を言うことは有り得ないけど、それに匹敵するようなとんでもない発言が飛び出す可能性が高い。何故ならあいつはお前らのデートを見に来たから。何を言い出すかわからんぞ」  しかし橋本は手を振った。 「そんな精神状態の奴に会えるか。やあ、デート中だよ。そんな風に飛び出せっての?」 「私も恥ずかしいから嫌だなぁ」  高橋さんはともかく、橋本も躊躇するとは。わかった、と俺はあっさり折れた。 「その代わり、何が聞こえても顔は出すなよ。中途半端に、実は聞いていました、なんて途中で顔を出すのはあいつを傷付けるだけだ。どれだけ良心が痛もうと、この席で堪えてくれ。俺は綿貫も君らも大事な友達だと思っている。だから、頼んだぞ」  結果、二人は綿貫の独白と告白を聞く羽目になったわけだ。俺には推し量れない程、心中は複雑であろう。 「まさかあそこまでとは思わなかった。俺、気まずいよ。どんな顔して綿貫に会えばいいの?」  訴える橋本に肩を竦める。 「高橋さんと仲睦まじく幸せに過ごせ。それがあいつの望みだ」 「でも私、告白されたようなものなんだけど」 「気にしないでいいよ。既に橋本と付き合っているんだから答えはわかりきっていたもの」  でもさぁ、と二人が声を揃える。仲良しカップルを手で制した。 「そもそも君らが照れずに綿貫と会っていたら、あいつも余計なことをべらべら喋らず高橋さんを諦められていた。まあそこまで察するのは無理だけど、俺は忠告したぞ。今のあいつは碌なことを喋らないって」 「だからって、デートを覗いて好きだった人を諦めようとするなんて話、公共の場で言うか?」 「私なんて本人がいるかも知れないところでどんないい思い出があったのか羅列されたんだよ?」  抗議を述べる二人を冷ややかに見詰める。俺が責任を負うべき部分は一つも無い。だから何を言われても気にならない。あとは当人達が自分の感情をどう整理するかだけ。 「あ、それと田中。お前、俺達を褒める時にわざとよく聞こえるように喋っただろ。滅茶苦茶たくさん褒めてくれたけど、あれはお前の悪ノリだな?」  おっと、しまった。 「バレた?」 「わかるわ。俺だってお前のことはよくわかっている。絶対に俺達をイジるために褒め称えているってビンビン伝わってきた。相の手も絶妙に入れて、ちょっとずつ声も大きくして。綿貫をコントロールするんじゃないよ」 「その結果、綿貫君が私にしてもらったことを並べ立てるに至ったのか。よし、これはお仕置きしても構わないね」  反論する前に二人が身構えた。俺もゆっくり立ち上がる。 「高橋さん、俺が田中を押さえるからくすぐってくれ。弱点は脇の下と足の裏だ」 「いや、私は動画を撮るよ。橋本君、一人で頑張って」  その言葉に橋本と顔を見合わせる。 「動画なんて撮ってどうするの?」 「それは秘密。大丈夫、拡散なんて絶対にしない。私が個人的に楽しむだけ」  背筋が寒くなる。男子高校生が組んず解れつする様を動画に撮って個人的に楽しむだと。俺は半日黒幕を気取っていたが、一番怖いのは高橋さんかも。橋本も居心地悪げに立ち竦む。 「ほら早く。始めてよ。カメラ、回っているよ?」  急かす高橋さんに、褒めちぎってからかってすいませんでした、と頭を下げる。その様子はバッチリ動画に収められた。
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