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オフィスルームとは隣同士にあり、常に誰かが往来しているクリエイタールームからスタッフが来ていて、ゲームに使う音楽のサンプルでも流しているんだろうかと思い込み、彼らの服装やたたずまいに普段から嫌悪感をおぼえていた冨野は、思わず汚い言葉を付け加えた。
屁理屈でちゃらちゃらしており、軽い口調と周囲を小馬鹿にしているように見えるクリエイタースタッフとは、どうも馬が合わない。
最小限で済ませるか、どうでもいいことで注意して「面倒くさい」と言いたげな顔をさせ、オフィスルームから追い出したいというのが冨野の本音だ。
もうひとつは、音楽が嫌でも耳にするすると入ってきて、きりきりと頭の中がささくれていたからだった。
一週間ぶりの出社なのに、不機嫌にさせる奴がどこかにいる。
いや、どこにいるかも、誰なのかもどうでもいい。
とにかく怒鳴りつけて、すかっとしてから仕事にとりかかりたい。
自分勝手な衝動で、冨野の心はふつふつと興奮しはじめる。
だが、次の瞬間「ぐえっ」という喉からせり出したような叫びをあげ、びくんと全身が震える。
視界に、白い布へぽとりと墨を一滴たらしたような、じわじわ、じくじくと浸透するような違和感が視界に入ってきたからであった。
「な、なななな、な、なん、な……」
しろやぎさんからおてがみついた。
くろやぎさんたらよまずにたべた。
しかたがないのでおてがみかいた。
さっきのてがみのごようじなあに。
耳が無意識に、音源をとらえはじめる。
しろやぎさんからおてがみついた。
くろやぎさんたらよまずにたべた。
しかたがないのでおてがみかいた。
さっきのてがみのごようじなあに。
机に置いてある、赤いフェイクレザーで作られた手帳型スマホケースの側面が、チラチラ、チカチカと光っている。
オフィスルームに入った時よりも、歌がより大きく、濃く、はっきりと聞こえている。
スマートフォンに内蔵されたスピーカーからリピート再生され、オフィスルームに流れる和やかな歌声は冨野にとって「違和感」をさらに濃くさせているように感じられてきた。
「な、なな、何やってんだよ、お前……おい、お、おおおおい!」
ひくついた声を発し、肩を小刻みに震わせて叫んでみたけれども、相手は少しも反応せず、むしろ無関心を装った体で、平然と仕事を続けている。
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