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 怒鳴りつけた冨野に対していっせいに、視線が集中する。かあっと頬が、耳が熱くなり、視界がぐわっとうねって見えてくる。  こいつは、八木原はもう非正規ではない。  制服を支給され、社員証もぶら下げているのだから自分と同じ正社員として、オフィスルームで働いていることになる。  二言目には「非正規のくせに」と見下したり、けちをつけたりすることが、できなくなってしまった。  彼にとってはすぐにできる「八つ当たり」だったが、それを取り上げられたことで鬱憤が心の中にどろどろ、ぞろぞろと溜まっていき、胃がむかむかしてくる。 「で、でも根っこは非正規じゃねえか、ゴミがしゃべんなよ……」  ぼそり、と悪あがきするがごとく呟いた冨野だったが「もうひとつの現実」は容赦なく、押し寄せてくる。 「おい、聞いてんのかよ。元非正規。使い捨てされなかった、リサイクルさんよぉ」  机をばしん、と手のひらで叩いてみたがじんじんと痛いだけで、相手が怯えているかどうか、驚いているかどうかも確かめようがない。   冨野の目からは、八木原の表情が少しも読み取れないからだ。  さんざん見下して、揚げ足をとっていわば冨野にとって「サンドバッグ」扱いをされてきた相手である八木原は、シリコンか何か柔らかな素材を使って作られた、ハロウィンで仮装するときに使いそうな黒ヤギの頭部を模したアニマルマスクを、すっぽりとかぶっていた。  黒ヤギ、もとい八木原はくぐもった声で「承知しました」と答えて、保留ボタンを押すと「大変申し訳ございません、こちらの確認不足で……」と相手に謝罪し、冨野は社内にいないという「居留守」を述べてみっともなく、ぺこぺこと頭を下げたり、なにやらメモを書いたりとせせこましく、ぶざまな動作を見せる。 「そ、そうだよ……お前は元非正規なんだから、言う通りにしてりゃいいんだよ。お、俺は認めないからな。底辺が正社員なんて、絶対認めないからな……絶対……絶対……」  冨野はそれをチラチラ見ながら「絶対、絶対だ……」としつこく、何回も繰り返してゆっくりと離れる。  正社員は人間扱いしていい、非正規は底辺だから消耗品と同じ。  使い捨てして構わない、八つ当たりしても許される。
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