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先達との顔合わせ
存外、目覚めは爽やかなもので、おなつはぱちりとまぶたを開けた。
覚醒のきっかけになるような音もなく、昨日と変わらず静かなものである。
――いや、まだ日付は変わっていないかもしれない。
薄暗くはあるけれど、それが夜明けのものなのか夕明かりのものなのか、障子越しでは判断がつかなかった。
(……支度しないと)
不思議と気持ちは落ち着いていた。眠って頭がすっきりしたおかげかもしれない。
――あのあと、退出して部屋に戻ったら、布団と寝間着がすでに用意されていた。
あの二人の少女か、それともほかの女中か。
いつもは雑魚寝だったから静けさが気にかかったけれど、こうして起きてみると一人きりというのも悪くない。
だれかの物音で目を覚ますこともなく、だれかに気遣わずに身支度ができる。
手早く着替えを済ませて障子を開けたおなつは、足下に置かれている物に気付いて視線を落とした。
白い布のかかった、四角い盆だ。
寝ているあいだに、だれかが部屋の前まで来ていたようだ。
布をめくると、水の入った湯呑みとふかしたさつまいもが入っていた。食事を持ってきてくれただれかが、寝ているおなつに気を遣って廊下に置いていってくれたらしい。
(あら、皿の下に手紙が)
皿を重しにするようにして、二つ折りの紙が挟まっている。
そこには、食べ終えた食器を厨に戻しに来るようにと書いてあった。場所がわからないおなつのために、厨までの道筋も簡潔に記されている。
部屋に戻り、ふかし芋を手に取る。いつから置かれていたのか、芋はすっかり冷え切っている。
それでも、口に含んだ芋は、しっとりとしていて滋味があった。食べながら、もう一回手紙に目をやる。
簡潔な文だけど、ここに来たばかりの人間への気配りが感じられた。
なんとなく、これは神や神の使いではなく人が書いたものだと、そう思った。
(この書き方だと、手紙を書いた方は厨にいらっしゃるみたい。……私以外にも、眷属じゃない使用人がいるのかしら)
そういえば、神はあっさりとおなつを使用人として受け入れた。
前例があるのならば、あの態度にも納得である。客人――麒麟児も、慣れたような呆れ顔をしていたし。
さつまいもをおなかに収め、今度こそ部屋を出る。
どうやら今は朝ではなく夕方だったようで、さきほどよりも外の景色は暗くなってきていた。
こんなに遅い時間に目を覚ますのは熱を出したときくらいなので、どうにも決まり悪さを感じてしまう。
(夕方なら、厨は食事の準備中かしら。なにか手伝えればいいのだけど)
幼少のみぎりから家事奉公をしてきたし、下ごしらえや配膳くらいは手伝えるはずだ。はやる心に合わせて、盆の上で食器が鳴った。
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