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予想外の正体
明かりを持った女中に連れられて、社の奥へと進んでいく。
この女中は人間ではなく神の眷属だ。楚々とした裾捌きで歩いてはいるが、料理長の絹――お絹でいいと言われた――に声をかけられたとき、紅を引いた口元がわずかに歪んだのが見えてしまった。やや早足なのも、気のせいではないだろう。
(そういえば、あの双子はどこで働いているのかしら)
出迎えと道案内を務めた、二人の童女。社の主である水名椎付きの侍女なのだろうか。
あの二人はとてもわかりやすい怯え方だった。どちらがよいか聞かれても選べないけれど、どちらにしろ、申し訳なさが先に立ってしまう。
さすが奥方様の部屋は社でも一等よいところにあり、奥へ奥へと進むうちに道がわからなくなってしまいそうだった。空が陰って廊下が暗くなってきているのも、曖昧さに拍車をかけている。
生活音が消え、空気の質も変わり、香の匂いがほのかに漂い始める。そして、ふすまの模様が一段よいものに変わったところで、先導していた女中が口を開いた。
「私はここから先へは進めませぬ」
いよいよ、奥方とご対面である。
女中はふすま越しに声をかけ、ふすまを引いた。そこにはまた別の女中がいて、衝立越しにおなつを見やる。
美しい顔は揺らがない。奥方に侍る立場の女中なだけあって、その出で立ちはおなつたちとは一線を画していた。華やかな色合いの着物を何枚も重ね着ていて、まるで物語に出てくる姫君のようである。
「こちらに。奥方様がお待ちです」
しゃなりしゃなりと女中が奥のふすまへと歩いていく。いよいよだと思うと、指先が震えた。
『とにかく、奥方様のお言葉に従うことよ。気位は高いけれど、横暴ではないから』
お絹の言葉を思い出す。
おなつが粗相をしないようにと、奥方様の人となりを事前に教えてくれたのだ。出しゃばったり前に出ようとしたりせず、従順に振る舞ってさえいれば、機嫌を損ねたりはしないだろうとも。それと、けしておなつから声をかけてはならないとも。
『使用人だとわかっている貴方をわざわざ呼び寄せたのだから、なにか気をひかれるものがあったはずよ。でなければ、身分の低い使用人に声をかけようとはしないお方だし』
畳に指をつき、深く平伏する。神である水名椎と対面するよりも、ずっと緊張している。なにせ――
『緊張しなくていい……とは言えないわね。なにせ正真正銘、大名の正室から生まれた姫君だもの』
喩えや比喩ではなく、本物の姫君にお目にかかるというのに、平常でいられるわけがなかった。
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