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嘆息する仕草を見せつつ、奥方は続けた。
「そもそも旦那様が嫁を求めるのは、冬の無聊を慰めるためです。ですから、主を庇って務めを果たすというのなら、旦那様付きになって世話を焼かねばなりません」
(私が旦那様の世話を!?)
正直、まったく考えていなかったことなので、目を丸くしてしまう。こんな立派な屋敷で働けるのだって身分不相応だというのに、旦那様のそばに控えるなど、天罰が当たりそうである。
「私も、どこのだれともしれぬ小娘に務まるお役目だとは思えませんが、旦那様にとっては私もお前も同じようなものなのでしょう。人の世の身分や役割など、あのお方にとっては些事なのだから」
「かか様、些事ってなあに?」
知らない言葉に反応して坊ちゃんが口を挟む。
「気にしなくていい小さなこと、という意味ですよ。とと様はお優しい方でしょう?」
「はい。とと様お優しいです」
坊ちゃんは立ち上がると、そのまま奥方に身体を寄せた。奥方の影が、その頭を優しく撫でる。
「この子は私の三人目の子です。顔は私似ですが、性格は水名椎様に似ておられる」
ここにいる坊ちゃんが三人目の御子息なら、ほかに二人、御子息か御息女がいらっしゃるはずだ。それぞれ、別の部屋で食事を取っておられるのだろうか。話しかけられないから、心中でそんなことばかり考えてしまう。
奥方はしばらく坊ちゃんの頭を撫でていたけれど、その手を止めておなつのほうを向いた。
「春になったら、私はこの社を出ます」
「えっ」
唇が音を漏らしたものだから、素早く歯を噛みしめる。
「そろそろ、元の世で暮らすのもよいと思うてな。この子と一緒に。
お絹に聞いていなかったのか?」
「はい」
「……もしや、旦那様から話がいっておらぬのか? まったく。
だからそう、旦那様とは離縁しておる。後任の妻に差し障りがあってはと思うてのことじゃが、まあ、いらぬ気遣いとなったな」
一夫多妻制かと思いきや、妻は一人だけだったらしい。
考えてみれば、一夫多妻制だったとしたら、雨七日の神隠しはもっと頻繁に起こっていただろう。それこそ、言い伝えという言葉では収まらないくらい。
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