雨七日の神隠し

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 この地方で伝わる民話に、雨七日の神隠しというものがある。  神は類稀なる才を持った娘を嫁に選び、娘の家に七日七晩雨を降らせる。そして七日目の晩、娘を天界に攫ってしまうという伝承だ。  娘のいなくなった家はその後、百年の栄華が訪れるというが、その娘の家族にとっては、百年の栄華よりも娘のほうが大事である。  ゆえに七日目には、屋敷内に女たちのすすり泣く声が響き渡った。 「どうして紀代子様がそんな目に。いくらお美しいからって、あんまりです」 「お嬢様が攫われてしまうのなら、私たちもお供します。お嬢様に不自由はさせませんわ」  この屋敷の上空に雲が留まって早七日。最初は小雨だったが、七日目には近隣の音をかき消すほどの土砂降りになっていた。 「みなさん、落ち着いてください。まだそうなると決まったわけではないのですから」  上女中たちが嘆きをあらわにするなか、次女の紀代子は気丈にも背筋を伸ばしていた。しかし、ついに七日止まなかった雨に、普段の嫋やかな笑みが幾分か強張っている。 「いいえ、見染められたのは紀代子様に決まってます! 紀代子様の琴の素晴らしさはこの国一ですもの!」 「貴族の方からも縁談の申し込みがあとを絶たないほどですし、お嬢様以外にいらっしゃいませんわ。  今日だって、話を聞きつけた勇気のある殿方たちが、屋敷の外を警備してくださっていると聞きますし」 「まあ、頼もしい。  屋敷の男衆も屋敷内を警護しておりますし、私たちもいざとなったら、身を挺してでもお嬢様をお守りします」  屋敷で働く女中には、紀代子と同じ年頃の娘も多い。  なかには自分から身代わりを買って出た者もいたが、それは本田家当主と奥方とに押しとどめられた。いくら使用人といえども、我が子可愛さに人の娘を贄に捧げるような真似はできないとのことだ。  とはいえ、むざむざ愛娘を神に差し出すわけもなく、屋敷内には警備が敷かれ、娘のいる部屋は女中たちに守られている。  昼間は奥方も一緒だったけれど、この七日ですっかり憔悴してしまい、奥方付きの女中に支えられながら部屋に戻っていった。 「なにをしている」  ふすま越しの声を聞き取っていたら、廊下の端で見張り番をしていた男衆に声をかけられた。手に持っているのは、暴漢撃退用の棍棒だ。  盗み聞きを見咎められたおなつは、身を縮こまらせて反対側の廊下の端へと歩を進める。
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