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流れる沈黙に、思い出したように神が頭を揺らす。
「そうだ、ちゃんとした返事をしていなかったね。さて、なんと答えようか」
困ったような笑みがそのまま答えを示していたが、おなつは罪人の面持ちで沙汰を待つ。
「私は人の願いを叶える神ではないから、願い事を言われても困ってしまうな。願うのなら、社を構える神に祈るべきだ。
対価なしというのもあれだね、うん、あまりよろしくない」
「……返す言葉もございません」
頭を垂らせないぶん、肩を落とす。
穴があったら入りたいが、ここにあるのは池だけである。
身を投げたところで、膝丈ほどしか入れないだろう。おなつがあまりにも縮こまっているからか、和ませるように神が微笑んだ。
「なに、そこまで反省する必要はない。神と会うのは初めてなのだろう? 次から気をつけなさい」
「……はい」
次なんてないとわかっているのに、従順に頭を下げてしまう自分がいやになる。
紀代子を連れ去ってしまう憎むべき相手なのに、一筋たりとも嫌悪感がわかない。それも神たる所以か。
暗い顔で俯いていると、神は不思議そうに目を瞬き、それからまた笑った。
「いけないいけない、また答えを言うのを忘れていた。
はぐらかしているつもりはないのだけど、どうも私は結論が遅いみたいで。
まあ、そういうのはおいおい慣れてもらおうか」
「……え?」
またもや次をほのめかす言葉におなつは戸惑った。
そして、自身の思い違いに気付く。
神はまだ、おなつの願いを拒むとも叶えるとも答えていない。ならば、まだ希望を持ってもいいのかもしれない。
「あの、神様――」
「さて、そろそろ雨も止みそうだ。とりあえず、手を貸してもらおうか」
おっとりとした口調でそう言いながら、神がこちらに向けて手を伸ばす。
逆らえるはずもなく、おなつはすぐさま空いている左手を差し出した。
神の手がおなつの指を握る。ひんやりした感触は死人を思わせたが、握り方はとても優しかった。
「出会いというものは貴重だ。私が人と出会ったように、この子たちが君に出会ったように、そこになにかしらの意味を見出すのも悪くない。
麒麟児には、酔狂と言われてしまうけれど。
ところで、私は贄よりも使用人のほうが欲しいのだけど、どうだろう?」
その一瞬、子供のように微笑んだ神に、おなつは目を奪われた。そして握られていただけの左手に力をこめる。
「……是非に!」
「そうか。ならば、交渉成立だ」
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