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ぼくとおばあちゃんは、さっきまで「おばあちゃん」だった丸太の一つに腰かけた。
パパとママの出会い、ぼくの誕生、天の国で待っているおじいちゃんのことをぼくが話す間、おばあちゃんはずっとぼくの肩を抱いて「ええ」「びっくり」「そうなんだ」を繰り返した。
話が一段落すると、おばあちゃんはふうっと息を吐いた。
「……異界にいると、記憶から初めに音が消えて、次に色が消えて、輪郭が消えて……まるでぼやけた白黒写真に変わっていくのよ……でも今は、だんだんはっきりしてきた……ラジオのチューニングが合ってきたような感じ、かな。……それにしても、2023年だなんて! 私が現世を離れて四十年近く経ったのねえ……」
その語尾はかすれ、篝火の火の粉と一緒に夜空へ立ち昇っていく。
気を取り直すように、おばあちゃんは咳ばらいを一つした。
「そういえば、私のお気に入りのバンド。ちょうど売れ始めてたんだけど、もう解散しちゃったかなあ」
「何ていうバンド?」
「U2」
「おばちゃんのいうU2があのU2なら、世界中で売れてるよ。この間、ラスヴェガスのすんごいドームで公演してた」
「やっぱり。私が見込んだだけあるわ」おばあちゃんは勝ち誇ったように口の端を上げた。
その笑った顔もパパにそっくりだ。
ふっと会話が途切れる。
ぼくはまだ、肝心なことを口にしていない。それを言えば、きっとおばあちゃんを悲しませてしまう。
「ええと……そういえば……」
ぼくは、当たり障りのない話題の入り口を探した。けれど、ふだんから話し下手な口は、焦るほど言葉が出てこない。
おばあちゃんは微笑んだまま、「そういえば?」とぼくの目を覗き込んだ。
肩にあったおばあちゃんの手がするすると下り、やさしく背中をさすり始めた。
――よく、ママが「冷蔵庫からチーズ出して!」とぼくに頼む。冷蔵庫を開けたぼくは、なぜかそれを探せない。それなのにママは「ほら、ここにあるでしょ!」と魔法のようにチーズの塊を冷蔵庫から取り出す――。
おばあちゃんは、ぼくの目の奥にある塊を見つけたようだった。
「……アーティ。何か大事な用があってここに来たんでしょ?」
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