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ワタリガラスは、手を振るケイトリンおばあちゃんの上を何度か旋回し、満月の方角を目指して飛び始めた。
どこまでも安らかで平らかな世界。ワタリガラスの背の上で、ぼくは異界の空気を何度も肺に溜める。
――未来は扱いが難しい。
王はそう言っていたけれど、今のところ順調だ。逆に、居眠りしないように我慢する方が辛い。フランネルのシーツのようなフワフワの羽毛は、安心と疲れで満杯のぼくを、すっと沈ませる。慌てて目を開ける。最後の最後に「落下してエンドロール」にはなりたくない。
すっきりと晴れていた空に、だんだんと雲が湧き始める。異界と現世の境界が近づいてきたんだろうか。異界の丘も雲に見え隠れするようになる。
胸がすっと重くなる。
一秒でも早く帰りたい。そう思っていたはずなのに。
やがて眼下は、一面雲に覆われた。
異界は白く輝く雲海に静けさを譲り、ぼくの前から消え去っていった。
真っ直ぐ飛んでいたワタリガラスが、さっきからお腹を雲にこするほど高度を下げては、はっと気づいたように羽ばたきを強める、を何度か繰り返している。
思えば、ケイトリンおばあちゃん探しで飛び回ったあとの、今。ワタリガラスだって、疲れているのかもしれない。
ぼくはリュックからショートブレッドを取り出した。
「ショートブレッド、食べる?」
頷くように頭が前に下がる。
「嘴、届かないな。投げたら、取れる?」
また頷く。
ぼくが前方に投げると、ワタリガラスはすうっと滑空して器用にそれをキャッチした。「ありがとうございますぅ」と潤んだ目でちらと後ろのぼくを見る。
そして、ワタリガラスはまた高度を下げ始めた。
「疲れてる? 休んでもいいよ」
ワタリガラスは首を横に振り、嘴でつつくような仕草をした。何かを教えたがっているみたいだ。リュックを背負い直したぼくは、首を伸ばしてワタリガラスが指す先を見た。
雲が切れ、下界が覗いていた。
そこは異界と同じように、青くのどかな丘の連なりが続いていた。
違っているのは、ぽつぽつと並ぶ人工の明かり。
見慣れた街灯の白。道を行く車のヘッドライト。家々の窓から漏れるオレンジの灯。
「戻って来た……」
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