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16 黒い犬と白い紙
落下する感覚は、突然消えた。何も感じない。
たぶん、死んだ。
きっと最後は気を失い、ショッピングモールのガラスの天井を突き破り、硬いタイルの床に叩きつけられ、からだの千切れるところは全部千切れて。
初めに、音がした。ざわざわとさざめく声。ぼくは薄く目を開けた。
ぼやけた視界が拾った色は、快晴の空のような青。やっぱり、ここは天の国……。
ふいに、すぐ近くで軽い金属音がした。カラカラカラ。次いで、耳に流れ込んできたのは、ジャーッという音。
どちらも、聞いたことのあるような。
ぼくは薄っすらと開けていた目を、力一杯見開いた。
見えていた青は扉の色だ。見おぼえのある小さな丸い鍵がついている。
モールのトイレの個室だ!
勢いよく立ち上がって後ろを振り返る。動けることに息を吐き、そしてそこに見えたものに、嬉しさのあまり頬ずりしたくなる。白く輝く楕円の便座!
ぼくはもつれる指で鍵を開け、ロケット花火になってトイレから飛び出した。
――リアム、リアム、リアム。まだベンチにいる? 今は何時?
異界の静けさに慣れ始めていた耳を、途切れることのない音の波が圧倒する。大勢の行き交う足音、飛び交う話し声、店員の呼び声、子どもの駄々をこねる声、絶えず流れるモールのBGM。ジャック·オ·ランタンの群れが「ホラもっと速く」と笑う。すぐそこは、吹き抜けの通路だ。
懐かしいベンチが見える。その横に立つ「懐かしい」後ろ姿!
「リアム!」
呼ばれたリアムはちらっとぼくを振り返ると、すぐに顔を前に戻した。
――……あれ?
自然と走る勢いが落ちる。
――ぼくの名前を呼んで駆け寄って来るとか。涙ながらに抱きあうとか。そういう、感動的な出迎えは……?
リアムがそうしない理由はすぐに分かった。リアムは誰かと話し中だ。
背の高い人影。
ローガンだ。
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