16 黒い犬と白い紙

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「カラス?」  一瞬怪訝そうな顔をしたあと、リアムはぼくから目を逸らした。言いにくそうにボソボソつぶやく。「その……残念だったな」 「……何が?」  リアムが天井を仰ぐ。「ほら……異界……行けなかったんだろ……」  ぼくはリアムの視線を追いかける。見上げた先には、大きな金時計。時計の長針が一つ時を刻んだ。カチリ。同時にぼくの口は「え」と動く。  針が指した時刻は、ちょうど8時30分。  ぼくがベンチを去ってから、たった十五分。リアムにしてみれば、確かに若干長めのぼくのウンコを待つ程の時間だ。  ぼくは軽く笑いながらリアムに顔を戻した。 「だいじょうぶ。行ってきたよ。全部、上手くいった」 「行ってきた?」リアムがぼくを頭からつま先までまじまじと見た。 「お前、鼻のとこ、血がついてる」 「首無し騎士の首、顔にぶつかった」 「さっき引っ張ったパーカーの背中のとこ、ザリザリになってた」 「妖精の王に地面引きずられた」  リアムは、せわしなく瞬きした。「よ、妖精の王?」 「うん」  ぼくは背中のリュックを下ろした。奥底の、シャムロックのキーホルダーを取り出す。「これ、返すね」 「あれ……いつ、紛れ込んだんだろ」  とぼけるリアムの手にシャムロックを載せた。 「これがあったから。リアムがいたから、ぼくは戻ってこれた」  「そんなこと……」  リアムはそのあと、何も言わず口を閉じた。抱き合ったり、声を上げたりはなかった。ただ、目にうっすら涙を浮かべ、結んだ唇を震わせて何度も、何度も頷いた。  ぼくも同じように、こくこく頷いた。  ぼくたちは、家が隣だっただけ。成り行き上、一緒に遊ぶことが多かっただけ。たまたま、話があっただけ。だけ、だけ、だけ。  世界はカチカチつながる鎖のよう。偶然が積み重なってぼくたちは今、ここにいる。  無言で頷き合う男子二人を、ジャック・オー・ランタンの群れが見下ろしてクスクス笑っていた。
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