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思い出の遊園地から電車に揺られてアパートに帰ると、何故かちゃっかりフジマも付いてきた。 「まさか夕飯食ってく気か」 「ダメ?」 「おばさんには」 「今日は泊まるってメールしといた」 「用意周到だな」 古びた鉄筋の階段をリズミカルに上がって部屋のドアに鍵をさしこむ。フジマの両手には土産物の紙袋がぶらさがっている。 「明日巧んちに持ってくよ」 「サンキュー。中身は缶入りクッキーだっけ」 「とТシャツ」 フジマが紙袋の中からビニールで放送されたТシャツを取り出す。Тシャツのど真ん中にはでかでかと、前歯が出っ張ったうぎさのイラストがプリントされていた。遊園地のマスコットキャラなのだ。きぐるみの間抜け面をよく再現している。 「買ったのそれ。どういうセンスだ」 「巧のもあるよ、ペアルック。これ着て合コン行けば人気者になれる」 「絶対恥かく」 「騙されたと思って」 「騙す気満々だろ、親切の押し売りで合コンを失敗に導こうとするんじゃねえ」 「写メって送ってくれ、楽しみにしてる」 コイツまだ根に持ってんのか、合コンはジョークだってのに。忌々しげに黙り込む俺の手にださいТシャツの片割れを押し付け、鍵が開くや否や勝手知ったる人んちとばかり上がりこむ。 「ただいまー」 「お邪魔しますにしろせめて」 「半同棲なのに他人行儀じゃないか」 「週末に転がりこんでるだけだろ」 壁の電源を押して明かりを点ける。フジマは畳に紙袋をおいて、ローテーブルの前に足を崩して座る。リラックスした表情で狭い室内を見渡し、後ろ手付いて仰け反るさまはともすると我が家以上に寛いでやがる。 俺も荷物を置いて台所へ行き、コンパクトサイズの冷蔵庫を開ける。男子大学生の独り所帯なもんで調味料以外は魚肉ソーセージとペットボトル入りのウーロン茶しかいねえ。 「ウーロンでいいか」 「お構いなく」 「わかった」 無表情に扉を閉じる。 フジマが情けない顔で訂正を入れる。 「いや、ちょっとはかまって」 「了解」 再び扉を開けてウーロン茶のボトルを取り出し、百均で買ったグラスに適当に注ぐ。片方をフジマの前に滑らせると、掌であざやかに受け止めて殆ど一気に干しちまった。 「巧んちで飲むウーロン茶はおいしい」 「スーパーで売ってるぞ」 「巧が淹れてくれたから」 ローテーブルを挟んで胡坐をかき、どのアトラクションが楽しかったどのアトラクションが混んでたと四方山話に興じる。フジマは新しくできた思い出の余韻を噛み締めるよう呟く。 「やっぱ回転ブランコかな。恋人っぽいことできたし、匠から手を振ってくれたのも嬉しかった」 「それ俺が一番乗りたかったヤツじゃん」 「いいんだよ、夢が叶ったんだから」 本気でそう思ってるらしい無欲な幼馴染にちょっと同情し、グラスの中身を一口嚥下して後悔する。 「……観覧車、やっぱ乗りゃよかったな」 せっかく2人で行ったのに俺1人満喫しちまったみたいで後ろめたい。フジマは俺のわがままを笑って許してくれるからこっちもずるずる甘えちまうのだ。 長い足をローテーブルの下に伸ばしたフジマが、俺の葛藤を見透かすように淡く微笑んで言ってくる。 「男2人で箱に乗ったら変な目で見られるぞ」 「恋人繋ぎでゲートに並ぶか」 「無理するなよ、観覧車あんま好きじゃないだろ。退屈で寝ちまいそうだってこぼしてたし」 「小学生の頃の話持ち出すな、今は観覧車のよさもわかってきたんだよ。あれはゆっくりぐるぐる回る非日常感ってか、見晴らしのいい個室で2人っきりのシチュエーションを愉しむアトラクションだろ」 「空中の密室だからいかがわしいことし放題」 「……ンなこと考えてたの?」 「まさか」 心底あきれる俺に対しフジマは大袈裟に肩を竦めたものの、ジト目で睨み続ければ観念して「ちょっとだけ」と親指と人さし指の先っぽで輪っかを作って認める。 「キスならセーフかなって。誰も見てないし」 「セーフの基準が意味不明」 「閉園間際でがらがらだったじゃん、心配しすぎだよ」 「表でヤるのは断じてノー、万一落ちたら洒落にならねえ」 「妄想逞しいな、いくら俺だって観覧車の中で最後までやらないって。大体そんなに早く終わらない」 観覧車はやめて正解だった。今でこそ和気藹藹とおうちでだべってる仲だが、そもそもコイツは強姦前科1犯なのだ。 うっかり絆されそうになった自分の甘さを悔やんでウーロン茶を注ぎ足しがぶ飲みすりゃあ、フジマが靴下の足指で俺のジーパンの腿を突付き、くすぐり、器用に上へとよじのぼらせていく。 「今は?」 薄皮一枚下で性感が燻るような、むず痒い感覚が脚をさざなみだてる。ローテーブルの向こうのフジマが唇だけで微笑み、アーモンド形の綺麗な瞳に欲情を灯して這い寄ってくる。 「う……」 「今ならいいか」
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