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この世界には雨がないのか、この家には天井がない。
そういえばあまり強い風も吹かないな。
鳥の巣に近い形のこの家に、父親のザルイルは大きな翼で飛んで戻ってくる。
ザルイルは、落ち着いた紫の体毛に、蜂蜜のようなこっくりとした色の瞳が八つもある。けれどその瞳は普段半分の四つは閉じられていた。
買ってきた。という昼食を広げられて、俺も食べる。
俺の食べる量なんて、こいつらにすればほんの少しこぼれる程度なんだろうな。
「ザルイルさんは、今、昼休憩なんですか?」
俺が尋ねれば、そのどでかいもふもふは俺に耳を近づける。
「私に何か言ったかい?」
俺はもう一度、なるべく大きい声で同じ事を尋ねる。
「そうだね、仲間に後を頼んで、仕事を抜けてきている。だが君達が心配するような事ではないよ」
そう言って、もふもふは真摯に微笑む。
「俺が、もう少し大きければ良かったんですが……。俺は料理もできるし、なんなら子どもたちにおやつだって作ってやれたのに……」
俺の言葉に、ザルイルは八つの目を全部見開いた。
「ははは、そんなまさか。まだ毛も生えていないのに」
その言葉に、俺はここしばらく気になっていた疑問をぶつける。
「……あの、ザルイルさんは俺のこと、子どもだと思ってませんか?」
俺の声にふたつの声が返ってくる。
「違うのか?」「子どもじゃないの!?」
やっぱりか。
「俺は、元の世界では成人していて、仕事もしていた大人です」
「そ、そうだったのか……。それは失礼な事をした」
「だってヨーへーまだ毛も生え揃ってないし、僕よりこんなに小さいから、赤ちゃんかと思ってた」
そう言ってライゴが大きなもふもふの指先で俺をつつく。
いや、赤ちゃんは言い過ぎだろ。
お前らの世界では赤ちゃんが絵を描いたり歌ったりできるのかよ。
と思ってみたが、動物は生まれてすぐから歩いて回るようなのが多いもんな。
俺の認識の方が、この世界では間違ってるのかも知れない。
「俺は、元の世界では子ども達を保育する仕事をしていました。この先どうなるかは分かりませんが、ここで世話になっているうちは、せめてザルイルさんの不在の間子ども達の面倒を見たいと思っています」
彼らにとっては小さな俺の声を、ザルイルはふかふかの耳を両方ともこちらに向けて、懸命に聞いていた。
「ああ、それで……。最近は、私が帰る時まで子どもたちが喧嘩もせず、泣かずにいてくれたんだな」
ザルイルは深く納得するように頷く。それだけで風圧がすごい。
「君が遊んでくれているおかげだとは思っていたが、君はプロだったのか」
「父さん、ヨーへーにはヨーヘーって名前があるんだよ」
「大木洋平です。洋平と呼んでもらって構いません」
俺が告げれば、ザルイルはしっかりと覚えるように俺の名を繰り返した。
「ふむ、ヨウヘイか。分かった、ヨウヘイが協力してくれると言うなら、何か方法を探してみよう。ヨウヘイは魔法や術は使えるのか?」
「いや、それは全く……。俺の世界にはそう言った物はなかったので」
「それもそれですごいな。ではそこから考えることにしよう」
魔法の代わりにテクノロジーはあったが、ザルイルは少ない昼休みに一時帰宅している身なのでその話はまた今度にして、皆で昼飯を済ませる。
ポロポロ食べこぼしているシェルカは、人間だと二歳か三歳くらいだろうか。拾ってやりたいし、口の周りも拭いてやりたいんだが、このサイズではな……。
俺は、ライゴやシェルカの牙ひとつ分にも満たない自分の手をチラと見て、ぎゅっと握った。
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