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お盆休みの暇潰しと墓参り、それから孫の顔を見せる目的で、それぞれの実家を訪ねるのが、ここ近年の夏のルーティンだ。ひとり娘の夏南(かな)は、まだ5歳。少し遠出をするには手間がかかるが、夏南自体は喜んでいるし、それぞれの両親も喜ぶし、と思って、訪ねている。
「じいじ! ばあば!」
実家に着くなり、祖父母にべったりの夏南を気にしながら、仏壇を参り、土産物や荷物を運び。
「夏南ちゃん、大きくなったねぇー」
「かな、5歳なのよ!」
「5歳かぁー! 幸生(ゆきお)のとこの三留(みつる)は7歳だったかな?」
幸生は私の兄。兄の子、私には甥っ子になる三留は小学生だ。最後に会ったのはいつだったか。両親と夏南の会話を聞きながらそう思う。と。
「やぁだ。三留くんは来月で9歳ですよ」
「えっ、もうそんなになる?」
母の声に思わず声を上げてしまった。家事に育児に仕事に、と忙しくしていて、兄一家の事を気にかけている余裕もないので、三留の年齢などすっかり分からなくなっている。本当に、月日が流れるのは早い、と思いながら、夏南たちに視線を向けて思う。父は白髪が増えたようだし、母は少し小さくなったような気がする。まだまだ若い祖父母だと思っていたのだが。
「じいじ! かな、じいじと、ゴクラク、行きたい!」
「――は?」
母とお土産の受け渡しをしている私の耳に入ってきたそんな言葉。脳裏に浮かんだ言葉は勿論「極楽」の二文字だ。というか、それ以外の変換は思いつかない。
「……極楽?」
「ごくらく!」
まだ、高齢者としては若いけれど、両親とも、いつ急に体調を崩しても不思議ではない年齢に差し掛かってはいる。そこに投げかけられた「極楽」。大人ほど語彙を持たない夏南の言う事だから、「死」を連想しているわけではないだろうが、「極楽」が死後の世界にあるかもしれない、という事を知っているこちらはドキリとする。
「夏南、ママのお手伝い、してくれる?」
背筋に寒いものを覚えながら、話題を逸らそうと声をかける。しかし、夏南は首を横に振った。
「やぁだ! じいじとばあばとゴクラク、行くの!」
「あらら」
ご指名のじいじとばあば、こと、私の両親は苦笑いを浮かべている。
「極楽、なぁ……?」
思い当たる場所がないらしい父が困ったように頭を掻いた。
「どうした?」
外で煙草を吸ってきた夫が、のんびりと帰ってきて、妙な空気に首を傾げる。
「パパぁ! かな、じいじとばあばとゴクラク、行きたいの! いいでしょ!?」
「極楽!?」
「急に言い出して……心当たり、ない?」
困って、救援を求めたが、夫も首を傾げるばかり。
「――ねえ、夏南ちゃん。極楽って、どんな所?」
思った事が伝わらずに、夏南を含めた全員が困り果てていた所で、母が膝を折る。「ゴクラク、ゴクラクよ!」と訴えている夏南が、小さく首を傾げた。
「えっとね! ゴクラク、ゴクラク、っていうおふろやさんよ!」
「あ」
その答えに、全員が納得する。去年の帰省の時に、両親と私たちと夏南で、近所の公衆温泉施設に行ったのを思い出した。あそこで夏南は、初めてフルーツ牛乳を飲んで感激していた。
「……っ、ふふっ」
「なるほどなぁ!」
「ゴクラク、ゴクラク、よ!」
「それじゃあ、もう少ししたら、行きましょうか。極楽」
「あはは!」
それじゃあ今年も、さあ行こう。極楽、もとい、芙蓉の湯へ。
20230901
鳥鳴コヱス
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