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第二話 by蒼生光希
翌朝、私はふらふらになりながら会社への道を歩いていた。何人もの人に抜かれていく中、後ろからポン、と肩を叩かれた。
「おはよう!」
そして私の顔をのぞきこんできたのは、総務部の花ちゃんこと花本みちるだった。同期で、一緒によくランチを食べに行く仲だ。
「おはよう花ちゃん……」
「どうしたの? なんかやつれてない?」
「あ、えと昨日、こ」
「こ?」
きょとんとした花ちゃんの顔に、私は慌てて出かかった言葉を飲み込む。
「こ、コーヒー飲みながら遅くまでドラマ観てて……」
「そうなんだ。今面白いの多いもんねー。でも、夜更かしは美容の大敵だよ? 今日は早く寝な?」
「そうする……」
あぶない。危うく昨日の告白のことを話すところだった。
私は昨夜のことを思い出す。
あれから私は、しばらくパソコンの前をうろうろ歩き回っていた。
いきなりの告白。「なんで? どうして?」「いつから?」と疑問が頭の中をかけめぐる。
落ち着こうとしてコーヒーをいれて、角砂糖を入れすぎて1人で大騒ぎして、はぁ、とため息をつく。その拍子にぱっと思いついた。
「あ、もしかしてこれって『あずささんの作品が好きです』ってことじゃ……」
声に出してみて、すぐ頭を抱えた。そんなわけはない。私達は物書きだ。お互い、誤字脱字には敏感な方で、コミュニティで作品の表現について相談し合ってる。
でも、ということは、やっぱり。
「本気……なのかな」
本気で、私のこと好きなのかな。
ヒロトさんの作品は好きだし、交流もしている。だけど、お互いの顔も知らないのに……と思ったところで、私はどきり、とした。
ひょっとして、ヒロトさんは私のこと、リアルで知っているんだろうか。
執筆はほとんど家だけど、昼休みに思いついたシーンをスマホに打ち込むくらいのことはしている。近所のカフェでチュイッターのやりとりをすることもある。その時に見られたんだろうか。
「いやいや、まさかねぇ……」
それだと会社や近所にヒロトさんがいることになる。そんな偶然、あるだろうか。
チュイッターはその後沈黙している。「付き合ってもらえませんか」と続くわけでもない。
どう返信したらいいんだろう。
考えるうちに時間は刻々と過ぎ、連載小説の続きもろくに執筆できないまま、日付が変わってしまったのだった……。
社員証をカードリーダーにかざし、花ちゃんと手を振って分かれた。フロアに入り、自分のパソコンを起動させる。
頭はやっぱり、昨日の告白にとらわれている。
――昨日、返信すればよかったかな。ヒロトさんが本気なら、告白したのに返事がない、ってショックだよね。
でも、なんて返せばよかったんだろう。
ふと、視線を感じて横を見ると、志賀先輩が通路に立ち止まってこっちを見ていた。
「お、おはようございます、志賀先輩」
「……おはよう」
先輩はふっ、と口の端で微笑み、通り過ぎて行った。
脳内に「朝からなんて破壊力……」とモノローグが浮かび、私は思わず胸を押さえていた。心臓の鼓動が大きくなった気がする。
志賀先輩は顔がいい。切れ長の目はクールな印象を与える反面、今みたいに「笑ったときのギャップがすごい」と女子社員に人気がある。身長も高くて目の保養だ。
私は先輩の背中をぼうっと見送った。
――ヒロトさんの正体は意外と身近にいたりして。
それこそ、先輩とか?
「まさかね」と思いながら、私はパスワードを打ち込み、メールチェックをして……徐々に仕事モードに切り替えていった。
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