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3.りゅうじん様
交差点を何度も右に曲がり、「公園入口」の看板に従って坂道を進んでいく。くねくねとつづら折りの道を軽トラがようやっと、という感じで上がっていく。途中のカーブで海が見えるのだが、雨で煙っていて、今日は、はっきり見えない。晴れていれば、ぽつりぽつりと貨物船の行く群青色の海が見える。
軽トラが、公園の駐車場に止まった。駐車場には、他に車は無かった。
颯太とじいちゃんは、傘を差し、山頂の公園を目指して、駐車場端から上の公園に繋がっている土と木を組み合わせた階段を上がっていく。階段の両側には桜の木が並んでいて、春には桜のトンネルになる。
上に上がると、夏休みとは言え、雨で平日の午前中、という事もあってか、公園には誰もいなかった。
公園を囲むように桜の木が立っている。所々抜けがあって、そこから白い空と煙った海が見えた。階段の上り口には屋根付きのベンチやテーブルも設置されているが、正直な所、それ以外には何もない公園だ。
颯太とじいちゃんは、公園を歩きながら辺りを見回す。
「公園の奥の森ってどこだ?」
「森ないよ?」
公園には桜の木はあるが、森と言えるようなものは見当たらない。
じいちゃんは、顔を顰めた。てっきり公園から森に繋がる道でもあるのかと思っていたがそれも無さそうだった。確かに何度も花見に来ていて、それらしい物を見た記憶が無い。
「こりゃ見当もつかんな」
じいちゃんは、お手上げという様子で、頭に手を置いた。
颯太は、黙って辺りを見回す。と、階段の上がり口に、背の高いサラリーマン風の男の人がいるのを見つけた。自分たちの後から上がって来たのだろうか。見た感じ、自分の父さんよりは少し年上に見えた。
「あの人に聞いてみよう!」
「あの人?」
じいちゃんは、颯太が指さす方を見たが、「あの人」を見つけられない。
「あの人って?」
じいちゃんが訊くより早く、颯太は元気良く走り出す。
「おじさん!」
颯太は、男に近づいて顔がはっきりわかると、驚いた。
顔が父さんに似てる。
男はうっすらと無精ひげを生やし、短い黒髪を後ろに流して固めていた。痩せて皮膚が薄い顔は皺が多く、目尻の笑い皺と目の下のぽったりとした涙袋の醸し出す優し気な雰囲気が、男の無愛想を帳消しにしていた。男は濃紺のスーツを着用していたがネクタイはしておらず、上着は開き、下の白いYシャツは、上から三つ目までボタンが外されていた。
颯太が、何より気になったのが、この雨の中、男が傘を差していなかったことだった。
男は、びっしょりと濡れていた。
男の濡れてほぐれた前髪の隙間から、褐色の瞳が、淡々と颯太を見ている。
「お前、俺が見えるのか?」
「おじさん、傘は?濡れてるよ」
颯太は、男の質問に質問で返した。
男は、僅かに、考えるような間を置いて、
「俺は、雨が好きなんだ」
と、答え、海の方を見た。颯太は、それでも男が濡れていることが気になり、
「傘、貸してあげるよ」
と、目いっぱい腕を伸ばして傘を差し出した。
男は振り返って、颯太を見ると、微笑んだ。
「お前、優しいな」
颯太は、ぽたっとした頬を紅くして、黙り込んだ。
「お前、この雨の中、何しに来たんだ?」
「りゅうじん様に雨を止めて下さいって、お願いに来たんだ」
「龍神様・・」
「雨の神様だよ。神社がどこにあるか、おじさん知ってる?」
「ああ。あそこはちょっと・・分かり辛くてな。来た道を少し戻ると、左側に小さな脇道があって徒歩じゃないと行けないんだ。雨の日に子供一人じゃ危ないが・・」
男は、颯太の後ろにじいちゃんの姿を見つけて、微笑んだ。
「階段を暫く上がると看板が立ってるから、矢印の通りに行けば着くよ。けど、神様に願っても、雨を止めてくれるかは分からないぞ」
颯太は悲しそうに目を見開く。
「どうして?」
男は、淡々と答える。
「龍神は、好き嫌いや、特別の理由があって雨を降らせている訳じゃない。雨を降らせるのが【役割】だから、その務めを果たしているだけなんだ。龍神自身、いつ、雨を止めればいいかを知らない」
颯太は、目を丸くした。
「りゅうじん様は、雨を止める時を知らないの?」
「そうだ」
「じゃ、いつもどうやって止めてるの?」
「その時になれば分かるんだ」
「???」
男は、少年の頭の上にはてなマークが並んだのを確かに見て、思わず苦笑した。
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