野球少年とゲンさん

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足立小学校の教室。チャイムがなり、1学期の終業式が終わる。 クラスメート達に声をかけるオレ「帰りに野球やって帰ろうぜ」「うん」「いいね!」 土手の下の河原で野球を始める少年たち。 河原や土手に咲く草花が風にそよぐ。真夏の熱い日差しが少年たちに降り注いでいた。 カァーンっ!少年の打った球が土手の上の家の庭に吸い込まれる。ガシャっ!「コラーッ!」家の中から雷ゲンさんが球を持って出てくる。散り散りに逃げる少年たち。 2学期の始業式。校長先生の眠たいお話。 チャイムがなり、HRが終わるとオレはまたみんなに声をかけた。「また野球やって帰ろうぜ」「うん」「いいね!」 カァーンっ!…また土手の上の家に打球が吸い込まれていく。ガシャッ!青ざめる少年たち。 でもゲンさんはいつまでも出てこない。家まで行く少年たち。 「すいませーん、ごめんください」 「あら、こんにちわ。ボール取りに来たの?」 ニコニコしながら少年たちに大量のボールを差し出す老婆。 家の中、茶の間の仏壇には若いゲンさんと小さな少年がキャッチボールしている写真。 正座でしゅんとしている少年たち。 「あの人昔ね?息子とよく、下の河原でキャッチボールしてたの。あなた達を見ているあの人は“またやってるな!とっちめてやるっ!”と怒りながらも、優しい顔になってたわ。今は正月にしか帰ってこない息子との思い出を、懐かしんでたのかしらね…」 少年たちに出された麦茶がテーブルの上で汗をかいている。誰も手を出さずにうつむいている。グラスの中の氷がカランと音を立てた。 「あの人がガンで亡くなる前、言ってたわ。“絶対にガキどもにボールは返すなよ!俺がとっちめるまでな!”って。バカねえ、返さないつもりなら、ボールを大事に取っておくことないでしょうに…亡くなる前まで、貴方達が気になってしょうがなかったみたいよ?」 老婆は少年たちに微笑むと、少年たちの中の誰かが声を上げた。 それにつられるように、みんなで大合唱が始まる。 「ごめんなさいっ!」「すいませんでした!」 「ごめんなさいっ!」「すいませんでした!」 老婆は少年たちに微笑みだけを返し、仏壇の上の写真に目をやる… “あなた…ボールは返すけど…これでいいわよね” 庭に咲くコスモスが、風にそよぎ、夏の終わりを告げていた。 涼しい風が、線香の煙を巻き込み、少年たちとゲンさんの間に吹いていた。
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