強い執事と子供な主人

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強い執事と子供な主人

「シュクララ、もう夕日が沈みかけていましてよ。どうして、もっと明るいうちにお帰りになりませんでしたの? 可愛いのは見かけだけで、本性は夜にうろついている野蛮な者どもと同じ汚らわしい考えしか持っていないということではなくって?」  アルヴァロードが痺れを切らして言い出したとき、シュクララは初めて自分以外の人間に見惚れていた。彼女のことを、強気で、決して人に弱みを見せない鉄壁の女性ではないかというふうに見ていたけれど、目の前のアルヴァロードは、感涙してでもいるように目元を赤らめて、気持ちが通った名残を隠せずにいる。ウルルフェデーラが来る前までは嫌そうに冷たい視線を送っていたと言うのに、紅も差していなかった頬まではっきりと真っ赤にしている照れ顔を見てしまっては、さすがのシュクララも彼女の美しさに改めて参ってしまうよりなかったのだ。 「あぁ、アルヴァロード……。心配しなくても大丈夫。ボクには執事が付いているからね。彼ーーイノグサは、どんな悪党も素手一本で追い払う百戦錬磨の小柄な切れ者サ。彼が武器を持たないのは、あらゆる痕跡を残さず、何事もなかったみたいに屋敷に帰るためなんだ。それができる実力の持ち主なのサ」  と口では執事を信頼していることを理由に挙げたが、いつまでも子供のように世話をしてもらい、立場だけは偉く、当然のように年長者を付き従えている自分がひどく幼稚に思えてきて、今の発言が再婚相手候補としてのアルヴァロードを幻滅させたのではないかと不安になっていた。  対するアルヴァロードは、心の壁を乗り越えて身内と認めるまでは口を開けば憎まれ口を叩く高飛車な性格の上、何よりも娘を可愛がらなくてはという使命感に燃えていて、シュクララの恋心になど、ほとんど気づいていないようなものだった。 「あら、そうなのね。では、そのイノグサさんにこうお伝えして。『悪党を倒すのがお役目なら、まず最初に、いけ好かない自分大好き野郎である、とっても素敵なご主人様自身を、さっさと始末してしまうべきですわ』。だってそうでしょう? シュクララは、迷惑にもわたくしのお屋敷のお庭に入り込んで、今にもスカートの中に入りたそうな顔をして、帰ろうともしないのよ!」  などと因縁をつけて、ナルシストとして非難するどころか、セクハラ扱いまでし始める始末。これにはシュクララもカチンと来て、 「そのお言葉だけど……君よりボクの方が魅力的なんだからサ。『君が』ボクのスカートを覗くべきだと思うなぁ!」  それを聞いた幼いウルルフェデーラは、思わずシュクララのドレスからパッと手を離し、まじまじと彼の水色の瞳を見つめた。 「わぁ。新しいパパ……、変態さんだぁ」  と、思ったことが口から出てしまっている。自分の着ているピンクのドレスの端を掴み、何があっても捲れないように押さえるような仕草をして、ウルルフェデーラは少し俯く。すかさずアルヴァロードがシュクララに追い打ちをかけた。 「ね? この子もあなたの怖さに気がついたようよ。わたくしは、この縁談を受けるつもりはありませんの。分かったら、早くお帰りなさいな」  勝ち誇ったように踏ん反り返る彼女の様子に、シュクララはすっかり意気消沈し、すごすごと通りへ消えた。 「ちぇ……。いつか必ず振り向かせてみせるからね。覚悟しといてよね……」  その言葉は、アルヴァロードの耳には全く届かなかったのだった。
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