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焦燥
一方、シュクララ・メルヨルデの住む館では、執事のイノグサが、怪訝極まりないと言った様子で、しきりに首をひねっていた。
「ううん……? あのシュクララ坊っちゃまが、柄にもなく焦っていらっしゃるような……? そんなにアルヴァロード様が悩ましくお綺麗でいらっしゃった……? 会話までは盗み聞きしておらぬもので、お二人の気が合ったのかすら分からぬのだがなぁ。坊ちゃまは、あの気難しい、身内贔屓で悪名高い奥様のことが……? はて、どんな手引きをしたものやら」
むろん、主人思いのイノグサであるから、シュクララの見合い相手に相応しくない女性との再婚話など、黙って見過ごさないどころか、ハナから本人の目につかないように遠ざけている。アルヴァロードの悪評などは、立場の異なる者同士が関わるときに必ず生まれる軋轢の類に過ぎないことなど理解した上で、今夜のシュクララの直情的な行動も許しているのだ。
しかしアルヴァロードのどこをそんなに気に入ったのかということになると、てんで見当がつかず、珍しく焦燥し切っている主人を支えたくても、途方に暮れるよりないのだった。
が、そこへ怒号が飛んだ。
「イノグサ! イノグサ!」
興奮で青白くなったシュクララが、気でも違ったような大きな声で言った。
「何を上の空で歩いているんだ! 命令がある。誰が身につけても似合わないほど、素晴らしく美しいネックレスを探してほしい!」
「誰が身につけても……? 似合わない、でございますか? 分かりました。さようなネックレスを、必ずやお届けいたします」
戸惑いつつも、不可能を可能にするのが執事だという自負のあるイノグサは、しっかりと結果を約束する。そして、
「ですから、まずはお薬でもお飲みになって、落ち着いてください」
と、主人の体を労った。
すると、シュクララは差し出された薬を乱暴に飲み、睨むような目をして眉間に皺を寄せると、コテンと横になり、ソファの上でグゥグゥ寝てしまった。
「全く、坊っちゃまは。俺しかいないからって、えらく可愛くないお顔を見せて……」
イノグサは、そうぼやきながら主人の体に毛布を被せると、仕える喜びに思いがけず顔が綻ぶのを自覚した。
イノグサが辛い思いをして、人を支える資格を求めていたとき、造作もなくそれを与えてくれたシュクララ。
その彼が本気で手に入れたい女性がいるのなら、それはイノグサにとって、新しい主人がもう1人増えるのと同義なのである。
「問題は、あちらには坊っちゃまの奥様になるつもりがなさそうだというところだ ……」
そうイノグサがため息をついたとき、シュクララは夢の中で次々に解き放たれて地面を離れていく風船を、一つも逃すまいと大慌てで引き戻し続けていた。
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