波乱の予感

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波乱の予感

「坊っちゃま。このイノグサ、他ならぬシュクララ坊っちゃまの望みですから、お言いつけの通り、誰が身につけても似合わないほど美しいネックレスを探しております。しかし、街の者から聞いた噂の中に、捨てておけぬ情報がございます。何でも、あと2~3日もすれば、あの魔術王がこの街を訪れ、素晴らしい奇跡を見せてくれるとか……」  イノグサは、微塵も嬉しそうな顔などせず、これは深刻な事態だとでも言いたげに、苦虫を潰したように口をへの字に曲げている。  一方シュクララは、そんな話に何の価値があるのかと軽く見ているようで、いつもと変わらぬ、猫のような気ままな欠伸をした。 「イノグサ、君は考えすぎなのサ。世界中の局地を旅してきたというキャラバンや、誰も成功したことのない珍しい魔法が使える子供……、そんなものは、今までも何度もこの街に来ているよね? 確かに、本当にあの魔術王なら比類なきほどの偉大な方だけれど、ボクの気に入っているこの街を地獄にしてしまうというのでなければ、特に興味はないよ。奇跡なんてね、本当は、見世物みたいにわざわざ駆けつけて、舞台の上の人間に投げ銭を浴びせるような悪趣味なものじゃないんだから。ボクは、アルヴァロードがボクの手でより一層美しくなるところが見たい。他のことには、かかずらっていたくないね」  アルヴァロードと会った直後はあれほど焦っていたというのに、まるで自信があるかのように、シュクララは悠々と構えている。自分の可愛い容貌を活かすためなのか、おっとりと女性的な雰囲気に見えるように、意識してマイペースに振る舞っている節があるのだ。  しかし、それがイノグサにとっては不安の種だった。 「坊っちゃま。お言葉ですが、アルヴァロード様も同じようにお考えでいらっしゃるとは限らないのでは?」  イノグサとて、感情を顕にして訴えるようなタイプではないが、キッと目を釣り上げ、抗議の意を示す。 「アルヴァロード様の元主人、ガグロバル様は、とても男らしく、勇敢な方でした。お二人は愛の絆で固く結ばれていらっしゃいました。それが離れ離れになられた。ならば、アルヴァロード様がお望みの奇跡は一つ。再び愛する人と相見えることです。懸念はそれだけではございませぬ。魔術王は人間的にも優れた豪傑で、魅了されない女性はいないとも言われている、とんでもない方です。まさか、相手取るつもりがないどころか、アルヴァロード様をみすみす奪い取られてしまうおつもりではありますまい?」  するとシュクララは、なおも伸びをしながら 「もちろんサ。ボクにはボクの考えがあるだけでね。君こそ、そんなにボクを急き立ててどうするつもりなんだい? まさか、魔術王に対抗する術が見つかったの?」 「くっ。それは……その」  イノグサは、シュクララがあまりにも魔術王を気にしようとしないので、文句の一つも言ってやりたかったのだが、具体的な策略について聞かれてしまっては何も答えることができず、叱責の言葉は喉につかえた。 「分かっただろう? イノグサ。ボクは勝てない喧嘩は吹っかけないのサ。ボクの可愛い顔が傷だらけになるからね」  シュクララは、無理に悲しみを押さえ込んだような作り笑顔でそんなことを言い、無造作にテーブルクロスの端を摘んで気を紛らわせた。  イノグサはそんな主人の様子を見て観念し、 「かしこまりました。坊っちゃまとアルヴァロード様が、何の邪魔も入らず、上手くいくことのみを祈っております」  と言い残し、すごすごと引き下がった。
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