明るい娘とママの意志

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明るい娘とママの意志

「ママ! 何だか皆そわそわしてる! ねえ、すごいわ。魔術王様がいらっしゃるんですって。どんな奇跡を見せてくださるのかしら。わたし、たとえパパが帰ってくるって聞いても、こんなにワクワクするはずないわ。だって、物が壊れるのは、未来に新しい展望が拓ける兆しなのでしょ? ウルルフェデーラはね、本当のパパには、ママを愛していてくれることの他に、もう何も望んでいないの!」  目を輝かせてそんなことを言うウルルフェデーラを見て、一緒に街へ出て主食用のクロワッサンを買いに来ていたアルヴァロードは、サッと血の気が引いてしまい、青い顔をして叱りつけた。 「ウルルフェデーラ。何てことを言うの。あなたには、まだまだ沢山、パパとの思い出を積み上げられる時間があったはずなのよ。それなのに、ママのことを愛してくれていればそれで良いなんて……。そんなこと当たり前だわ。あの人がわたくしを愛していないはずがないもの。  ウルルフェデーラ、お願いだから、そんなふうに無理に明るく振る舞わないでちょうだい。指輪が割れたことが何だと言うの? アルバムも灰になってしまったけれど、わたくしたちには、まだ絆が残っているはずですわよ。まさか、そんな簡単に割り切れるわけがないの。あなたが良くっても、ママは……」  と言いかけて目を伏せ、涙を堪えて俯いてしまう。アルヴァロードにとってウルルフェデーラは、元夫であるガグロバルとの間に生まれた大切な宝物だ。その子を大切にするということは、離別した後であっても彼との繋がりごと愛するということであり、それ以外に幸せへの道筋をつける方法など見つける必要がなかったのだ。  ところがウルルフェデーラは、父親ガグロバルの不屈の精神を受け継いだのか、底なしに明るく、物事の悲しい側面よりも楽しめる理由を大切にし、常に前を向いている、少し真っ直ぐすぎる子だったので、時々アルヴァロードの手に余るところがあった。 「ママ、魔術王様に何でも好きな奇跡を起こしていただけるなら、何をお願いするの? ウルルフェデーラは、ママとシュクララさんが、次のステップに早く進んで、いつまでも愛し合える関係になれますようにってお願いするの。だってあんなに可愛いお顔の方と、全然素直になれないママが結ばれて夫婦になってくれたら奇跡でしょう? そしてお祝いの印に、魔術王様から光の華をいただくって、もう決めてるの」 「ウルルフェデーラ! いい加減になさい!」  アルヴァロードは、ついに声を荒らげて、我が子に対して手が出てしまいそうになった。 「せっかくの奇跡を、あんないけ好かない自惚れ男と! そんなことママは望んでいないのが分からないと言うの? 魔術が何よ! そんなもの解けてしまったら単なる悲劇と同じだわ! 永遠なんて存在しない。だったら叶わない願いでも抱き続けたほうが何倍も価値があるの。わたくしは、たった1人の男に愛を捧げた。ガグロバル、その名を心の中心に置いたまま、生涯未亡人として暮らすのですわ!」  我を忘れたアルヴァロードは、シュクララとの再婚の意志がないことをウルルフェデーラに伝えようとするあまり、奇跡を願うことすらも放棄するかのような誓いを自らの決して乾くことのない唇で紡ぎ出していた。大干ばつのとき、水分を失って倒れることがないようにと、水の精の力を奪い取り人間たちに与えた者がいたので、アルヴァロードもその恩恵を受けていた。だから奇跡には代償を伴うという意識も持っており、このままの勢いでは、シュクララを生贄として差し出しかねないほど、アルヴァロードは興奮していた。
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