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お悩みギョーザ
細かい仕事をいくつも押し付けられた結果、なんだかんだで、私は終電に揺られていた。きちんと断れない自分の性格のせいでもあるけど、クソみたいな上司たちのせいでもある。もちろん、クソ同僚も。
苛立ちと空腹で、今の私はぐっちゃぐちゃだ。ぐっちゃぐちゃで、揺られている。
最寄駅で降りて、すぐ近くにある商店街をぶらぶらしていた。いい感じの居酒屋でも入ろうかと、特に當てもなく歩く。
ぼーっと歩き続けていると、燈りがだんだんと少なくなってきた。いつの間にか、商店街の外れに來ていた。
すると、控えめな立て看板を見つけた。
《お悩みギョーザ》
控えめなデザインのくせに、書いてある内容は主張が強めだ。
「悩んでるし、ギョーザ食いたいし」
今の私の狀況にドンピシャなので、記念に入ることにした。柔らかい暖簾をくぐっていく。
まず狭かった。目の前にはカウンターがあって、席が四席。その奥には、店主らしき人が立っている。私に気付いて、微笑みかけてくる。
「悩んでますか?ギョーザ食いたいですか?」
若そうな店主だ。二十歳くらいに見える。下手したら高校生にだって見える。アルバイトだろうか。
「どっちも、です」
疲れていたので、小さくて低い声が出た。ちょっと失礼かな、と思い彼を見ると、おしぼりをこっちに差し出していた。甘い匂いがした。
「あったかいっす」
無邪気な彼に甘えるように、無言で頷きながらおしぼりをもらった。温かくて、危うく泣きそうになった。
疲れている時の涙腺は、よく狂う。
続いて彼は、小さな紙を渡してきた。白色のシワシワとした紙だ。
「そこに、悩み書いちゃってください」
ハズレを引いたかな、と思った。お悩みギョーザという店名をつけるくらいだから、怪しいセンスの持ち主ではあるとは勘付いていた。
でも、こういうことを強制させちゃうようなお店とまでは思わなかった。
あんなに可愛らしい笑顔をする店主と比べると、このルールが、とっても悪く見えた。
「そういうルールなんですか?」
面倒なので、そのまま聞いた。彼は、気まずい表情をすることなく、私に返してきた。
「はい。それがギョーザになるんで」
「そうなんですね」
平然とした顔で言われて、思わず、知ったかぶりをしてしまった。そうなんですね、な訳がない。なんで、この紙がギョーザになるんだ。
「悩みによって、味が変わるんすよ」
ますます訳がわからない。とりあえず聞いてもキリが無さそうなので、悩みを書くことにする。
「仕事を断れない。上司と同僚がウザい」
端的にまとめて、彼に渡す。
「では、作っていきます!」
彼は、その紙を左手に置くと、右手でギョーザのタネを詰めていった。紙のまわりに水を適量つけると、タネを包むように、紙を丸めていく。私の書いた紙は、あっという間に、ギョーザの形になっていた。
「あちちっ」
彼はそう言いながら、紙のギョーザを鉄板に置いた。ジューと音が鳴り、上から四角い鉄の蓋を被せた。いわゆるギョーザの作り方と同じ手順だ。私は何も言わずに、じっと見ていた。
数分がして、彼が蓋を開けた。同時に白い煙が店内に湧き上がる。彼の手がそれをはらうと、ひとつのギョーザがお皿に置かれていた。
「お悩みギョーザです!」
そのギョーザは、不思議な雰囲気を持っていた。見た目はただのギョーザだけど、どこか違う。何が違うかと言われたら説明はできないけど、違うことだけは分かった。
大量に刺さっている割り箸を一本取り、お悩みギョーザを、おそるおそるつまむ。
「食べていい紙とかですか?」
いざ口に入れようとすると、奥底の不安が飛び出してきた。私はずっと見ていたから、分かる。これは間違いなく紙だった。
「もっと、ファンタジーです!」
有無を言わさない、満面の笑み。ファンタジーと言われたら、信じるしかない。
私はゆっくりと、そのギョーザを口に入れた。
油が弾けて、旨みが押し寄せた。お肉とニラとにんにくとショウガと。いわゆるギョーザの美味しい味がした。
「あっ。美味しい」
自然と、言葉が溢れていた。彼は、嬉しそうに笑っている。私は、そのままパクパクと食べ進めた。ひとつだけなので、すぐに食べ終わった。
「お姉さん。これで悩みも解決です!」
彼が、可愛い笑顔で私に言ってくる。
「ファンタジー的な力で?」
「はい!ファンタジー的な力です!」
信じてないけど、信じることにした。
そこからは、ハイボールと、お悩みギョーザではない普通の鉄板餃子を食べた。私は、ずっと会社の愚痴を吐いていた。彼に愚痴を吐く感覚は、部屋のぬいぐるみに話しているのと似ていた。ただ、彼が可愛かっただけかもしれないけど。
「また来ますね〜」
酔っ払いながら、お店を出た。少し歩いてから後ろを振り返ると、彼は手を振っていた。
***
私がいつものように出勤すると、何やらオフィスが騒がしかった。騒いでいるのは、クソ上司やクソ同僚たちだった。
「なんだよこれ。皮か?」
「餃子の皮だ…」
「き、気持ち悪い」
彼らの机の上に、大量のギョーザの皮がばら撒かれていた。私は込み上げる笑いを懸命に抑えながら、その騒ぎを見つめていた。
すると、後ろから肩を叩かれた。
「お姉さん。どうも」
お悩みギョーザの彼だった。なぜか、清掃員の格好をしていた。
「奇遇ですね。奇遇!」
そんなに奇遇を大きく主張したら、奇遇でもなんでもない。
私は、騒ぎの原因であるギョーザの皮と、彼を交互に見た。彼は、白々しい顔をしていた。
「奇遇だし、悩みも解決しちゃったかも」
私がそう言うと、彼は昨日と同じような可愛い顔をして、笑顔で言った。
「お悩みギョーザに包まれちゃいましたね!」
目をキリッとさせて、私を見ている。
きっと、昨日から考えていたんだろう。
「うん。包まれちゃったかも」
彼はクシャクシャな顔で笑うと、嬉しそうな背中を見せながらモップ片手に去っていった。
全然ファンタジーじゃなかったけど、全然人力だったけど、また悩みができたら、訪れそうな気がした。頭の中の行動リストに、ひとつ、加えておく。
悩みができたら、お悩みギョーザ。
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