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「ちょうど私がスーパーに行こうとして歩いている時に『ヨウ!』って呼ぶ声がして、振り向いたらキヨが車道を横切って走ってくるところだったの。そこに車が来て、あっという間だった」
「そうですか」
嘘のように穏やかな死に顔だ。何だかほのかに笑っているようにすら見える。生きている時は怨霊みたいだったのに。
「最後にキヨが笑って『ヨウ、私……』って言いかけて、こっちが『何?』って聞き返したらそのまま事切れた」
「そう」
お母さんは最後に陽子おばさんに会って笑っていたのだ。
だからこんなに幸せそうな死に顔なんだ。
警察署で保管されていた所持品の内、母親が差していた本人の若草色の傘は綺麗なままだ。
だが、手に持っていた俺の黒い傘は――恐らく車にぶつかったのだろう――骨がグシャグシャに折れて破けた生地から飛び出している。
これが人間なら惨死体だ。
ふと柔らかで温かな手が背を擦った。
「お母さんは最後までハルくんのことを思って逝ったんだよ」
嘘だ。
お母さんの視野に最初から俺はいなかった。最後まで我が子として受け入れて愛する気持ちなどなかった。
――お前なんか死ね! 地獄に堕ちろ!
耳をつんざくような罵声が頭の中に鳴り響いて体が震える。
結局はあれがたった一人の息子に残した最後の言葉になった。
何故、先にあっけなく死ぬのがお母さんで、取り残されるのが俺なんだ。
見詰める内に潰れた傘の残骸がジワリと熱く滲んだ。
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