第十五章:女と男の間――美生子十四歳の視点

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「ママー、あのおじいちゃん、タバコすってるよ」  不意に幼い声が響き渡った。  振り向くと、葬式用に急遽買ったらしい真新しい黒のワンピースを着て黒いゴムできっちりお下げ髪に結った四、五歳の女の子が指差している。  あれは確かマサキ君の妹のシノちゃんだ。  小さな手が指し示す先では白髪の陽希の父親が所在無げに煙草を燻らせている。  いとけない声で“おじいちゃん”と呼ばれた銀縁眼鏡の奥の目に一瞬、険しい光が走った。 「パパはマサくんが生まれる前にタバコやめたんでしょ」 「いいんだよ」  無邪気に語る幼い娘をまだ四十半ばらしい髪も黒々とした喪服の父親は慌ただしく抱き上げて出ていく。  白髪の紳士は苦々しく煙草の先を備え付けの灰皿に押し当てた。 「昔は吸ってましたっけ」  雛人形じみた目鼻立ちは清海おばさんに似た、しかし、体型はもう少しふくよかなタカミ伯母さん(とハルは呼んでいた)は穏やかだが寂しいものを含んだ声で尋ねる。
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