第十六章:なりたいものになれる日――陽希十五歳の視点

8/12
前へ
/319ページ
次へ
***** 「じゃ、夏休みが終わってから二人、付き合い出したばっかりなんだ?」  メイド服は新たにクッキーをつまみながら先程よりももっと楽しげにフェイクの兎耳を揺らして笑う。 「カップルのコスプレとか憧れるなあ」  当のカップルよりもウキウキした表情でクッキーを齧る姿を見ながら、何だか本当にニンジンを齧る兎みたいだという苦笑とお祖母ちゃんの持たせてくれたクッキーがこんな風に他の客から無心に消費されて良かったという安堵が入り混じる。  だが、バニーの隣に腰掛けた川島芳子の方は色を失った顔に引きつった笑いを貼り付けたまま、もののけ姫とアシタカの二人を眺めている。  ああ、これはミオが無理をしている時の顔だ。うんざりするような既視感と共に幾分温(ぬる)くなった紙コップの麦茶を啜る。  多分、ミオはこのもののけ姫の仮装をしている子が好きなのだ。それが大河先輩と付き合っていると知ったからショックを受けているのだ。  口の中に冷たさが消えて舌触りが柔らかになった代わりに藁じみた苦みの増した麦茶の味がこびりつく。  同じ幼稚園で先にバレエを習っていたリエちゃん、ターシャさん、そしてこの仮装のもののけ姫。  他にもごく短期間でも美生子が目で追っていた女の子はちょっと思い出しただけでも次々浮かんでくる。  こいつは随分惚れっぽいのだ。長く好きでいると拒絶された時の痛手が大きいから次々思い入れる相手を変えているのかもかもしれない。  だが、いつも望みのない、決して打ち明けられない片想いを繰り返している。
/319ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加