第十七章:紅白の庭――美生子十五歳の視点

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「梅苑だって、俺には何とか入れたって話だ」  あの日、ずっと前から自分の秘密に気付いていた、もう隠さなくていいと言ってくれた幼馴染みは、すっかり窮屈になってもうすぐ新たな制服に脱ぎ代わるのを待つばかりの学ランの肩を竦める。 「うちはもうお祖母ちゃんしかいないし、無理して大学に行くのがいいとも思えない」  ゴワゴワと耳元に風が吹き付ける音がして、自分たちの周りにふんわりと纏い付いていた梅の香りが一息に流されるのを感じた。 「父親からは一応成人まで金出すとは話し合ったらしいけど」  声変わりのガラガラした感じが落ち着いた代わりに幼さのすっかり消えた声で相手は語る。 ――俺はお前みたいに甘く生きてない。  そう告げられた気がした。  太って胸の突き出た体にまだ新しいネイビーのダウンコートを着込んだ自分がいかにものんきな甘ったれに思える。  何でこんな間の抜けた厚着してきちゃったんだろう。  こんな格好したって男になんか見えないのに。  冷たい風の吹き抜ける日陰ではダウンコートの背中の温かさは本来心地良いはずだったが、それすら自分の甘えや愚鈍さを裏書きするものに感じられた。  世間からすれば、母子家庭で、お母さんにもお祖父ちゃんにも死に別れて、進学にも制限が出ているハルの方がよほど気の毒な境遇だし、苦労してもグレずに生きている立派な子だろう。  両親揃った家庭で、特に虐待されているわけでもない、このまま勉強すれば入れる大学には行かせてもらえるであろう俺なんか、他人から見れば可哀想でも何でもない。
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