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「笹川君はカノジョいるよね?」
不意に横から女の子の声がした。
振り向くと、おかっぱ頭に髪を切り揃えた女生徒が笑っていた。
「え?」
この女の子は確か沖田さんだ。まだ入学して半月で完全にはクラス全員の名が定着していない頭で思い出す。
「合格発表の日に一緒に来てた人」
自分にとっては入学式で同じクラスになった日に初めて顔を合わせたはずの女生徒はどこかウキウキした笑顔で続ける。
「私、あの時、落ちちゃった友達と神社でしばらくお茶飲んで話しててさ、発表の時に学校の門の外で待ってたポニーテルの女の子が笹川君と二人で帰ってくの見かけて、ああカップルだったんだなって思ったんだよ」
「ああ……」
言い掛けた自分の向かいで杉浦も目の幅を広げる。
「笹川、彼女いるんだ?」
「いや……」
口籠ると、また別な方からも声がした。
「一個上の蓮女に行った人だよね」
振り返ると、同じ中学だが、高校で初めて同じクラスになった新島という男子生徒がどこかからかう風な、しかし、決して悪意はない笑顔で続けた。
「一緒にバレエ習っててよく二人で歩いてるから同じ中学から来た奴は皆、知ってるよ」
「そうなんだ」
再び周りからの目線を感じる。
今度は痛ましいものではなく、どこか羨望の混ざった好奇の眼差しだ。
お祖母ちゃんと二人で暮らす複雑な家庭環境だが、中学から付き合っている彼女がもういる男の子。
そんな風に思われているんだろう。
「カノジョって言うよりアニキみたいなもんだけど」
皆が想像している、他人の噂の中にいる自分の方が本当の自分より遥かに幸せだ。
それは口には出せないまま、弁当箱の残りを掻っ込んで水筒の底に澱を溜めて残っている緑茶を飲み干す。
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