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「今、ケーキ屋さんで新島さんに会ってね」
椅子に掛けたエプロンを取って紐を結びながらお母さんは今度はからかう風な笑顔になる。
「新島君のお母さんもケーキ買いに来てたの?」
母親同士が知り合いで、息子はハルと同じ梅苑に行ったようだが、自分にとっての新島君は「同じ中学の一つ下の学年にいた子で顔は知っている」という程度の間接的な間柄である。
「そう。で、そのノブヤ君がね」
“ノブヤ”ってどういう字で書くんだったかな?
それすら怪しい。
「今日は付き合ってる彼女と食事するからケーキだけは取っておいて、と言って出たんだって」
お母さんは小麦色の丸い顔の顎を二重にしてコロコロと笑う。
「そうなんだ」
まあ、高校生にもなればカップルになる子たちも増えるだろう。心と体に矛盾がなくて異性を好きになるというだけでそうでない場合よりも可能性は格段に拓けているのだ。
隣のハルの強張った気配に気付いて振り向くと、相手は強いて笑った風な引きつった面持ちで告げる。
「新島君、うちのクラスのオキタさんて子と付き合ってるんだよ」
沖田総司と同じ沖田かな?
頭の片隅で当たりを付ける自分をよそにハルは長い睫毛の目を伏せた。
「先を越されちゃったなあ」
おどけた風な口調と裏腹に声には苦い侘びしさが滲む。
もしかして、ハルはその同じクラスのオキタさんという女の子が好きだったのだろうか。
それなのに、新島君に先を越されて付き合われてしまったのだろうか。
自分がハルとは面識のない紗奈ちゃんを好きになったようにハルが自分の知らない相手を好きになっても別に不思議はないのだ。
普段は学校だって違うのだし。
自分たちはもう互いの与り知らない世界の方が広いのだろうか。
そう思う内にもエメラルド色のセーターの大きな背中が遠ざかって、来た時にダイニングのテーブルの上に置いたデパートの紙袋を取り上げた。
「うちからはシャンパン持ってきました」
改めて自分たち母子に振り返った顔は曇りなく笑っている。
「ノンアルコールだから皆で飲めるってお祖母ちゃんが」
「どうもありがとう」
お母さんの言葉にハルは頷いた。
取り敢えず、グラスを三人分出そう。食器棚の扉を開ける。
今は自分たちは一緒にいるのだから、その時間を楽しく過ごすことだけを考えよう。
お母さんの温め直したシチューの匂いがふんわりと漂ってくる。
“Last Chritmas I gave you my heart”
“But the very next day you gave it away”
点けっぱなしのままのプレイヤーからはいつの間にか新たなクリスマスソングが流れ出していた。
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