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「東京に行けば、すぐ付き合う相手も出来るかもね」
隣から流れてきた声に思わずギクリとする。
ハルは切れ長い瞳にどこか醒めたような、諦めたような光を宿してこちらを見詰めている。
「色んな人に会えるだろうから」
俺にはもう関係ないから、と突き放された気がした。
音もなく風という程の勢いも持たない冷えた空気が流れてきて、まだ青臭い桃の匂いがする。
今が盛りのこの花々の内、熟した甘い実を成す花はどれほどあるのだろう。
そう思うと、この花霞の景色も、目の前にいる幼なじみも、全てが消え去る前の蝋燭の炎じみた輝きを持って見えた。
今までハルはいつも側にいてくれた。親にも言えないことも察知してくれた。自分がハルを助けるよりハルが自分の力になってくれたことの方が遥かに多かった。これほど自分を理解して助けてくれた人が他にいるだろうか。互いに一人っ子だが、実の兄弟以上だ。
明日、十八歳の誕生日から自分は別の土地に行く。そこで新たに分かり合える相手を見つけられるだろうか。そんな関係が築けるだろうか。
そこで並んで歩くスニーカーの小さい方が止まった。
大きい方も半歩遅れて歩みを止める。
「本当はもう女の子を好きになるなんて止めたい」
何て頼りない声だろう。
舌打ちしたくなるが、相手は黙って静かに自分の肩を叩いた。大きな温かい手だ。コート越しにも分かる。
「好きになる度、俺には辛いことしかないんだ」
他人の目にはハルの方がよほど苦労していて辛いのに。
頭ではそう知っていてもこの痛みを打ち明けられる相手は一人しかいない。
「お前はこれから広い所に行くんだから」
暮れていく道で顔を蔭にした相手はそう告げると促すように背中を押してまた歩き出した。
結局、また自分はハルに甘ったれているのだと思いながら頭一つ分大きな相手の隣で精一杯背筋を伸ばして歩幅を半歩分広くして進む。
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