第二十一章:偽りを断つ時――美生子十八歳の視点

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***** 「やっぱり東京は春が早いね」  コサージュの付いたクリーム色のスーツを着たお母さんはデジカメのシャッターを切った。 「そうだね」  こちらは満開の桜の下で出来るだけ自然に見える風に笑顔を作る。  入学式用に新調した黒のスーツ。下はせいぜい膝が隠れるまでのタイトスカートだ。  そして、こちらも新たに買ったベージュのストッキングを履いた脚は何だか下半身全体に薄いゴムの膜を貼り付けているような窮屈さを覚える上に少し冷たい風を受ける度に素足よりスースーする感じで落ち着かない。  足にはローファーの黒い革靴を履いているが、正直、靴の着脱だけでも踵の辺りが伝染しそうで不安になる。  そんな脆さで普通の靴下と変わらないか少し高めの値段になるのだから、ストッキングとはつくづく不経済な服飾だ。  女の服装にはそんな非合理が付き纏うのだ。  入学式後の講堂の広間を見渡すと、まるで新たな制服を纏ったように男子学生はパンツスタイルのスーツ、女子学生は一部を除いて自分と同じタイトスカートにストッキングのスーツ姿だ。  私服で混ざっているのはサークルの勧誘に来た上級生たちだろう。 「じゃ、お昼、どっかで食べましょう」  色柄が異なるだけで同じタイトスカートのスーツにストッキングを着け、足にはハイヒールを履いたお母さんは一点の曇りもない笑顔で告げた。
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